四つのボリューションから   伊住政和

ボリューションが付く英語は大別すると四つであることを覚えておきなさい― と京都大学のY教授に教えられて数年が過ぎた。
デボリューション(退化)レボリューション(革命)エボリューション(進化) インボリューション(内巻き・複雑)。
常に二元論的発想を教えられる師のこと故、物事を常に比較し分類する為のヒントにこの四つをあげられたのだろう。 その席上、日本文化・京都文化・とりわけ、茶の湯文化はインボリューションの最たるものであるという話を伺った。
確かに永い年月を積み重ね茶の湯文化はより研ぎすまされ、より複雑に進展している相は、造語で深化と呼ぶにふさわしい。その深化の過程の中で、茶の湯はコンパクトカルチャーとも縮みの文化ともいわれる日本文化の中で唯一総合的な文化体系を構築させてきた誠に稀有の存在である。
その中身には建築・庭園・工芸・懐石・着物・点前作法といったソフトからハードに到るまでの広さと深さを持っている。
しかし現状においてはその豊かな文化力ゆえ、存在をとらえきれないままに一般に受け入れられているのではないだろうか?
ともすると、現在の茶道という存在が単なる伝統芸能のひとつ、単なる花嫁修行のひとつにしか考えられていないことは誠に残念なことである。
この残念な事実こそが、私を茶美会というあたらしい運動表現へかり立てているといっても過言ではない。 型の文化といわれる日本にあって点前作法中心、稽古主体をなる点はいたしかたないのかもしれないが、点前作法も多様な側面をつくるひとつの要素なのである。
茶美会の目的は、茶道という伝統を破壊してあたらしく見せる為の趣向の茶会ではなく、この多面な要素をもつ茶の湯文化を常に今において、検証し、その本質を現代生活者に伝達することである。
戦後の日本が獲得してきたモノとコトは数多く又、失ってきたモノやコトも多い。
今茶文化のエッセンスを生活に取り戻すとこは容易なことではなさそうだ。
しかし茶美会はそうした中で、夢と使命をもってちっぽけな一歩を踏み出そうとしている。
茶美会の試みが今のところどのボリューションに属するのかは確かめるべくもないが、ただ主宰者である私個人の願いとしては、デボリューション(退化)やレボリューション(革命)でないことは言うまでもない。

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