9月6日は
1日があっという間に
過ぎてしまいましたが、
忘れられない1日となりました。
楽しくて実感がなかったのですが、
その日の夜は疲れたのか
よく眠れました。
そうです。
楽しみにしていた
「第3回 和の学校シンポジウム」が
開催された日です。
私は裏方として、
グッズ販売をしたり
出演者のお食事のケアをしたり、
パネルディスカッションの際には
ステージへお茶をお出ししたりと
あちらこちらに登場させて頂きました。
休憩を頂いて少し拝見した、
裏千家お家元の「お茶湯の儀」は、
鳥肌が立ちました。
満席の静寂の中、
ステージ上で光を浴びてのお点前。
静まりかえっているからこそ
聞こえる自然の音がありました。
水や土や木や風…
先人への感謝の気持ちを込めて
点てるこの儀式は、
千利休居士に濃茶を捧げられると、
自然の音に加え
先人の声も聞こえるようでした。
わたしたちは、
移り行く四季の自然と共に生きて、
そして今ここに在るのだと
しみじみと感じさせられました。
日本の文化は
世界に類をみない素晴らしいものだと、
再確認しました。
そこには、
他者を排除するのではなく、
四季の移ろいや自然と共に在る、
という優しさや思いやりが
根底に流れているのではないでしょうか。
それを日本人は“自然体”と呼んでいるのではないでしょうか。
そんな自然体でいた結果、
茶道や華道や狂言などの日本文化が生まれたのだと思います。
和の学校での活動は、
日本文化を強制的に伝えよう、というものでは決してなく、
日本人だから思い出してほしい大切なことを、
お知らせしているのだと思います。
ステージでパネルディスカッションをされていた池坊次期家元は
ステージ裏で気さくに私に話しかけてくださり、
狂言の舞台を終えた狂言師の方々は
汗をかきながら舞台袖へ下がりながら、
汗をかいていない私に対して「お疲れさまです。」と声を掛けてくださいました。
この日の催しは
お客さま含め会場全体が思いやりに溢れていました。
帰り道、いつもより少し優しい気持ちになった方も多かったのではないでしょうか。
私は、いつもより空が綺麗に見えました。
こちらの詳細は25日読売新聞朝刊に載るようです!
朝刊を目にされた方々の中でも、
何か暖かいものを感じる方がいたら嬉しいですね。
そしてその人が1日、優しい気持ちになれたなら、
本当に素敵なことです。
(牧野 麻子)