ご縁二題



「銀座おとな塾」では、6月13日(日)に
「京のこころを銀座で学ぶ」の第3回目がありました。

吉岡幸雄氏による「京都色彩歳時記」でした。
会場には、『源氏物語』の色が飾られて良い雰囲気になりました。

修二会を春として、
夏、紫の季・万葉集から「茜さす・・・」
源氏物語から「藤と桐の花、
伊勢物語から「流水 杜若。早秋として七夕(棚機)。

秋として「重陽」の五節が順に並んでいました。

この並べ方にも吉岡さんの日本の文化に対する深いこころがあふれていました。

染料をあくまでも科学染料を使わずに、
自然に求め研究されてここにあります。

どんな植物でも、色素のないものはない、とおっしゃっていました。

今日のお菓子は、吉岡家の『紅』の和三盆。
お茶は、京番茶。
産経学園さんが、こころをこめて冷やしてくださっていました。

「和の学校」の一番最初に
東京のミーティングが開かれましたのは、
茶道具の益田屋さんのお部屋を拝借してでした。
そのとき吉岡さんのお菓子『紅』を吉田さんが持ってきてくださいました。
今日、益田屋さんにお通夜ではありましたけれども、お目にかかりました。

五節の最初の東大寺修二会の椿の和紙は、
吉岡さんの染められた紙でした。
一昨年でしたか、国立劇場「あぜくら会」の催しで、
花拵えを教えていただいたことがありました。
紅白の和紙を芯に巻いたシンプルなものなのに
雰囲気がある佇まいに感激しました。
あの椿がここで繋がりました。(E.I)

 


 

 

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2010年5
月9日
銀座おとな塾 
京都のこころを銀座で味わう。

スタッフとして参加させていただきました。

誰でも分かっていることなのですが、
敢えて今ここで書きたいこと。

日本の文化は深い、和の学校は凄い! と。
「京唐紙と日本人の美意識」

講座にふれるまで、何で唐紙なんだろう と、考えていました。
千田堅吉氏は十代目当主の方でした。

桂離宮の襖や壁紙の制作の責任者をなさった方です。
あの桐紋のです。
「これはそのときの残りです」と幾度か
おっしゃってしばらしい壁紙を見せてくださいました。
残りのただものでないこと、こんな凄い残りものって他にあるでしょうか。

ご夫婦で、講座をやってくださったのです。
おふたりで助けあって、奥様がお話されているときの、
千田さんの満足そうなお顔、それは印象的でした。

この日のお菓子は、唐板です。
唐紙の材料かとおもいました。おいしかったです。

お茶は、京番茶です。漢方に近いような匂いです。
お味はかなり難しい という感じでした。
淹れ方も難物で、多い目の茶葉を使って20分漬けてみても、
味は本物ではなかったそうです。

幾人かの方に伺ってみたのですが、
「もう少し濃くても大丈夫です」「でも 好きでした。うれしかったです」
このひとことで、今日は大満足、るんるんで家路をたどったのでした。
和の学校にカンパイ!(E.I)

 

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2010年4
月10日
客席からの『和の学校シンポジウム』

第4回読売新聞「伝統芸」特別記念
和の学校シンポジウム
伝統文化とくらし〜みてみよう、やってみよう〜

大きな看板の、和の学校シンポジウムの文字が、
一番大きく書かれていて、

和の学校の頑張りと、読売新聞のやさしさが、
混ざりあってかもしだされる空気が、
ここちよくて、うれし涙がこぼれ落ちないように、
大きな深呼吸ひとつ。

スクリーンに故伊住宗匠のお顔が大写しにされて、またもやうるうる。

第一部はお茶湯(ちゃとう)の儀。

咳ひとつ聞えない、
静謐な空間を1200人が共有したひとときでした。

千宗室裏千家今日庵家元によるお茶湯の儀は、
緩急のある流れるようなお点前で、
点てられた一碗が、利休居士に奉げられました。
前後の拍手が静止された厳かな45分のときがながれていました。

うって変って、第二部は、鼓童の和太鼓。

体の芯まで届くような音が、強弱をとり混ぜて会場いっぱいにひろがり、
手拍子も加わったりして、一座建立はここでも成功していました。

筆者は、比較的前の方のお席に恵まれていましたが、
後ろから1000人以上の手拍子が押し寄せてくることって、カイカンでした。
二度とない体感。

第三部のパネルディスカッション
「伝統文化とくらし〜みてみよう、やってみよう〜」

パネラーは、蜂谷宗玄香道志野琉二十世家元
=国内に百ヶ所の教場をとお考えです。

松井今朝子、作家。
歌舞伎、茶道に造詣がふかく、歌舞伎は難しくない、
「わからなくても良いじゃないか。感じれば良いのだ」と
おっしゃっていました。

岡本浩一・東洋英和女学院大学教授。
専門はリスク心理学。左脳と右脳のかかわり。
修練は左脳から右脳に働いている脳の部位が変ることでもある。
ストレスマネージメントとは、左右の脳のバランスが変ること。

林家正蔵。落語家。
ちょっと頼りない感じを受けていましたが、
最近そのようなものは払拭されたと感じました。
笑いをとるのは最高ですね。大阪のおばちゃん的ではなく。(E.I)

 

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2009年12
月4日〜6日
第二回文化祭に参加して

第二回文化祭に参加して

 
 
 

今年も12月4日、5日、6日と
和の学校の文化祭が
法然院で行われました。

去年もボランティアとしてバザーに
参加してとても楽しかったので、

今年も12月になったら
バザー参加の
こころづもりをしていました。

なにを隠そう
(隠す必要はありませんが(^_^;) 
私は昔からバザーのお手伝い大好き。

しかも和の学校のバザーは、
協賛メーカーからの出品もありますので
俄然、力も入ります。

会場に入ると、
私の仕事は商品の並べ替えです。

できるだけ見やすいように
品物を配置したり、
売れたあとの空間に
新しい品物を置き並べたり、

ちょっとした気配りで、
品物の売れ具合はぐんと違います。

その他に楽しいことは、
いらっしゃる方が、

法然院を拝観された後に
なにげなく会場に
寄られる方々が多いので、
ゆったりとした雰囲気になり、

私もつい、
お客様に
「どこからいらっしゃったのですか?」と
聞いてしまいます。

大抵は
遠くから 観光にこられた方が多く、
香川とか、東京とか、
金沢とかといわれると、

このバザーに立ち寄られたことが
京都での旅行のひとコマとして、
いい思い出になればと
思ってしまいます。

和の学校のバザーは、
売るのが目的だけでなく、
おいでになる方に気持ち良く
和の雰囲気を味わっていただくという、

素敵なプラスαもあるのではないかしら(*^_^*)

お客様とスタッフとのさりげない
一期一会を大切にしていきたいと思います。

今回は家の都合で、
少し早めに退出させていただきましたが、

観光客が去った、
夕暮れの哲学の道を歩いていると、

なんだかとてもしっとりとした充実感に包まれ、
なんども立ち止まりながら、

枯葉で彩られた小径の風景を
カメラに納めました。 (N.K)

 

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2009年8
月30日
『職人を囲む会 』に参加して!

こんにちは。
長月に入り、法師蝉の鳴き声、コオロギの虫の音と
秋の気配が増してまいりました。

先日 R.Yさんのお誘いで 『職人を囲む会』に ご一緒させていただきました。
今回は、2006年『伝統的工芸品産業功労者褒章』を
(財)伝統的工芸品産業振興協会より受賞なさっておられる
植田貞之助商店のご主人から 御誂えの足袋の話を伺いました。

まずは 足袋の歴史から。

奈良時代 足袋の前身になる「したうず」という履物があった・・・
といった話から始まり、
平安時代に作られた 日本最古の百科事典『和名抄(わみょうしょう)』に
なめした鹿皮など動物の革で作られ始めた品物「単皮(たび)」という字が
当てられ靴のような履物が足袋のルーツとされていて、
原型は、ソックス状で、股が分かれず革紐で足首を結ぶ「紐足袋」、
そこから、用途に合わせることにより、鎌倉時代末期頃に
指先の分かれた足袋が出てきたそうです。

江戸の幕末まで 武家社会では 10月の1日から2月20日迄の期間に
50才以上の方に限って履くことが許された、贅沢品だったそうです。

中には、例外で病人の若者は 「足袋御免」と 主君の許しを得て履いていたそうです。

江戸寛永年間に、足袋の量産をするために、 足袋職人が生み出した尺度と物差しができました。

1文という単位が
当時の寛永通宝の直径約2.4cmで
日本最初の足を計る専用単位となったそうです。

・・・・・中略・・・・・。

植田さんは お父様からの家業を受け継がれて御誂え足袋職人となられたそうですが、
現在、京都では 2軒に。

戦前 30数軒、 戦後には半数に、それから平成に入って4軒だった店は、
平成10年には2軒となっているそうです。

その原因には 衣服の着物離れから。

足袋の利用者は、花街が8割、茶の湯や日舞といった伝統文化にかかわる人が2割、
昭和35年頃、花街では年間120〜130足は誂えていたそうです。

現在では、京都の5花街からの注文は100足あるかないかだそうです。

また 京都のお客さんは全体の1割になってしまっているそうです。(他は他県)
毎年 注文なさる方は10人前後の状況なので
型は貯まるばかり。

足袋を作る際に まず採寸。

男性は9箇所、女性は10箇所 文尺を使って採寸する。
長さは一番長いところを、足回りも何箇所と測る、親指の周りも採寸。
左右の足の大きさが違う方は、2枚の方をつくるが、
一般的には 左足の型を使用して、生地を中表にして裁つ。
裁つのは 鑿(のみ)で。 
丸みのある部分は 糸鋸(いとのこ)の刃を研いで作ったものを使用して裁っているそうです。
生地は 洗濯をしても縮みが少なく、目が締まっているキャラコを使用するそうです。

また 足袋は履き方、大変大事ですとお話しいただき、
実際に ご指導いただきました。
足袋は足のサイズより大きいものを履くとぐずぐずすることになる。
さっさと履かないで ゆっくりと履いてください。

今回、お話を伺って、 さっそく 誂え足袋、履いてみたいと思いました。
予約して採寸していただいて、出来上がるまでには6ヶ月程度かかるそうです。
もちろん1足なんて出来ませんから、6足からとなりのです。

これまでに誂えてお客様が喜んでくださることを思い、いいものを作りたいと
ご自分で思考錯誤なさって取り組まれている姿に大変篤く感動いたしました。
                                   (T.I)


詳しくは、植田貞之助商店をごらんください。
http://www.sadanosuke.com/

 

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2009年7月5日
子どもの頃へタイムストラベル!

はじめまして。
今月から“和の学校”の
スタッフとなりましたT.Iです。

よろしくお願い申し上げます。

7月5日の
「山であそぼ7月@ わらじづくり、粽づくり」の
炊き出し班として参加しました。

前日から京北町入りし、
当日の塾生を迎えるための準備を
スタッフ、ボランティアの方々と
まず会場の清掃、テント設営、
炊出し釜の設置など順次に行いました。

会場は「自然観察の森」を
この活動に貸してくださっている
井本壽一先生のご紹介で、
地元の皆さんが大切にされている
「光善寺」のお堂を
ご好意で提供いただいていると伺いました。

塾生が到着し、
今日の日程・注意事項の説明を終えると、
まずわらじづくりが始まりました。

その傍らで昼食の豚汁の準備をしていると、
お隣の農家の方々から
キャベツ、サニーレタス、
ズッキーニ、インゲン豆、
万願寺唐辛子、しし唐、大根と
沢山の取れたて新鮮なお野菜を頂きました。

又 塾生の方から差し入れで
山椒と昆布とお雑魚の佃煮を頂きました。

さあこれから何を作りましょう!
と思案するのも楽しいものです。

漬物数種、
茄子と一緒に
インゲン豆や万願寺唐辛子の
味噌炒め、
それから、あそび塾塾長の
熊谷栄三郎先生が
琵琶湖で捕ってこられた稚鮎の天ぷらと一緒に
野菜たちも天ぷらに・・・と
献立が増えていきました。

せっかく作るなら
「青しそを入れて、夏らしくさっぱりしたいなぁ」と
ずうずうしくも農家の方に
畑の青しそをおねだりしてみました。

すると「あるよ、あるよ。」と、
畑まで走って採りに行ってくださいました。
また「天ぷらするならツムラサキもあるよ」と、
また一つ食材が増えていきました。

わらじ作りに時間がかかり、
昼食時間は13時頃になりましたが、
鮎の天ぷらはもちろん大好評でした。

ズッキーニ、ツルムラサキの天ぷらは
「これ何ですか?」
と最初はおそるおそる箸をのばしていましたが、
「お代り、4回目!!」と
素材の美味しさにビックリされ
召し上がって頂かれたようでした。

もちろん豚汁、
竈(かまど)のご飯の
おこげ有りの美味しさに
皆さんから「美味しかったよ、ありがとう!!」
の言葉に
お手伝いできてよかったとほっとしました。

昼からは粽づくりが始まりました。

大和田先生、段本先生の指導の元
前日から寝かしておいた
もち米粉の生地を棒状に丸め、
洗って湯通しした笹の葉の中に巻き、
蒸して作られました。

その横で「熊笹はお茶になるよ。」と言われ
煮出して飲んでみると、
甘くて美味しいお茶が出来ました。

今回のわらじづくり、粽づくりと
子どもの頃、
祖母や母が作っていているのを
子どもながらに目にはしても
体験したことがありませんでした。

わらじは磯遊びに大活躍で、
家族揃って、若芽のおにぎりを持って
日長過ごしました。

粽は塩味のきいた粽と
イギノハ団子を
端午のお節句の時に
お祝いしてくれたものでした。

今回お手伝いさせて頂いて、
子どもの頃の体験は
簡単には忘れてしまわないものだと
昔にタイムスリップしたような時間を過ごすことが出来ました。

熊谷先生が、
「今日の一番の目的は
『何事も工夫する』ということですよ。」
と最後にお話いただきました。

実際にわらじづくりでは、
次回の川遊びで遊ぶために作成し、
全てを藁で作らずに
足に巻きつけるためにはビニール紐を使用したり、
粽づくりでは、
笹の葉を縛るい草の変わりに
別の代用の草で縛ってみたりと
工夫を凝らしておられました。

日々の生活にでも
工夫を重ねることの大切さを教えていただきました。

今月から“和の学校”のお手伝いをさせていただくことになりました私ですが、
皆様と和みの時間を
共に過ごさせていただけたらと思います。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

(T・I)

 

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2009年5月10日
会報紙封入!

今日は会報紙の封入作業日。

朝から株式会社ミリエームさん(団体会員)の
会議室を借りきっての作業でしたが
ボランティアスタッフ
総勢6名の協力の元、無事完了!
(前準備段階からだと約10名の協力!)

今回の会報紙では
印刷から製本までの一連の作業を
プロの印刷業者さんに
お任せすることになりました。

全て手作業だった頃に比べて
効率化された分、
会報紙の内容も
パワーアップしていると思います。

印刷は業者さんにお願いできても、
取材や封筒の宛名書き、ハンコ押し、
紙折り、封入作業は、
日替わり入替わり立替わりに
多くのボランティアスタッフが
関わっています。

そろって顔を会わせる機会は
意外と少ないのですが、
そんなボランティアスタッフ達を
つなぐ証拠がこれ。

事務所に集まる様々なお土産や
さし入れのお菓子の数々です(笑)

作業が終わった後で
色んなおやつを食べ比べながらの
ほっこりタイムもまた楽しみの一つなのでした。

今年も色んな企画が目白押しです。

多くの方とお会いできますように。

(Y・M)

 

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2009年1月25日
職人さんのいまむかし

皆さんこんにちは。
和文化サラダでレポーターを担当した
金時にんじんです。

こころ塾の企画も一区切りしたところですが、
和の学校にはあいかわらず
和の達人情報のお誘いがたくさんあるようです。

編集長の吉田さんの都合がたまたまあいた
1月の日曜日、「職人を囲む会」というものに
参加する機会がありました。

この日の講師は茅葺き職人の塩澤実さん。

お話いただいた内容はどれも面白かったのですが、
私が一番感じたのは「熱い」ということでした。

茅を人間が毎年刈ることによって、土地が整えられ
そこに生きる鳥や虫との共生が生まれる。

スケールの大きな話もさることながら、
それを語る塩澤さんの情熱にも圧倒させられました。


会の後、参加者の皆さんと解散してからは
京都の国立近代美術館へ。

「上野伊三郎+リチ コレクション展」を見に行きました。

京都を拠点にして活躍した建築家の上野伊三郎氏と
その妻リチさんのデザイン画やテキスタイルの数々。

可愛くてモダンで素敵なコレクションに胸がキュンキュンです。

私が特に心魅かれたのは、
リチさんのデザインが
テーブルクロスや煙草ケース、マッチ箱など
普段生活の身近にあるものに使われていること。

立派な額縁に飾る絵ではなく
自分が普段何気なく見るものや手にするものに、
こんなに細やかで繊細な色使いや
模様がほどこされていることを想像すると
とても幸せな気持ちになります。

茅葺き職人の塩澤さんは
私達が暮らす家の「屋根」と
それをとりまく自然環境について
熱く語って下さいましたが、
リチさんのコレクションも
同じように自分の生きている周囲のものを大切に
手間ひまをかけて思うことや使うこと、
そしてその気持ちを「育てる」という生き方を
教えてくれているような気がします。

そんな姿勢で暮らすことが
自分や自分の周りの人々を大切にすることなのかもしれない。

色んなラブ&ピースを感じた一日でした。

塩澤実さんの「茅葺屋」ホームページ

塩澤さんのブログ

京都国立近代美術館
上野伊三郎+リチ コレクション展
ウィーンから京都へ、建築から工芸へ


展覧会のチラシ →


(金時にんじん)

 

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