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和のこころのおはなし
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| 「不思議な出会い(一期一会)」 京都市 川那辺のぶ子 2009年12月 | |
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文化祭の2日目。3時から山折哲雄先生のお話があるということで 谷崎の小説「瘋癲(ふうてん)老人日記」の説明から始まり それから、日本人の骨に対する信仰心や、お墓の話などもあり 不思議な出会いとは、その後の個人的な出来事なのですが、 彼女は東京から銀閣寺に観光にこられ、日本の伝統がこのままでは 一緒に乗った地下鉄では、数日前、相国寺の美術館での能装束展がすばらしかったと お名前を聞いたら、なんと和の学校の編集長と同じ苗字だったので あのときの、東京のOO様、このエッセイを読んでくださって |
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| 「祖父の日記」 大阪府 牧野麻子 2009年5月 | |
この連休を使って田舎へ帰省しました。 私の祖父が亡くなって丁度十三回忌です。 あの頃私は高校生で、突然の祖父の死に、悲しみ涙し でもどこか実感なく時だけが過ぎて行きました。 そしていつの間にか13年という時が去って、 祖父はどこかに出かけたまままだ戻らないような、なんだかそんな気持ちです。 ここのところ日々変わる寒さと暑さ、仕事の忙しさに振り回され、 少し風邪気味でもありました。 「季節の変わり目、風邪に気をつけなさい。」 誰が言ったのかそんな声が頭をかすめます。 実家に帰ると両親が普段と変わらず「おかえり。」と笑顔で迎えてくれました。 いつもこの瞬間、自分が高校生に戻ったような気持ちになるのは 私が「いってきます。」と言って都会へ出たのが18歳だったからなのでしょう。 母が祖父の死後、祖父の書斎から見つけた手帳を持ち歩いていると教えてくれました。 祖父は誰にも言わず、手帳に日記をつけていたのだそうです。 日記には日常の出来事が短い文章で書かれていました。 そして、祖父が倒れた日のページにもいつもの通り日記がつけられていました。 「あさちゃんが、風邪をひいたらしい。熱が出ていないと良いなあ。」 それだけ、です。 それが最後の日記となりました。 祖父は同居していたわけではないのですが 季節の変わり目に風邪気味になった私を気遣ってくれていたのです。 13年経って今、風邪気味の私に届いた優しさに 心の糸がほっと解けたような安心感を覚えました。 ちょっとそこまで出掛けていた祖父が、帰ってきたようでした。 10年前に家を「いってらっしゃい。」と送り出してくれた両親と 13年前に風邪を心配してくれた祖父。 時が経って色々な物事が変わって行きます。 でも、変わらないものが確かにあります。 目に見えずとも変わらないもの、それが「思いやり」という心の繋がりなのだと、 そんな幸せな事実に気付かされる帰省となりました。 |
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「素晴らしい子供たち」 愛媛県 野間昌子 2007年10月 |
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近くの保育園の年長クラスのみにお茶を担当させて頂いています。 4月から8月は前期で、お茶の「イロハ」を教え、 後期の10月からはお茶の「こころ」を伝えるようにしています。 10月9日のお稽古のとき・・・ 朝一番に「和敬清寂」の「和」の説明で、白団扇に書いた「和」の字を見せて 「仲良くしましょう」のお話をしました。 次に、いつもの通り花の名前を覚えてねと「ぬばたま」=緋扇という花の実で、 あなた達が大きくなったら、「ぬばたまの・・・」という、 昔の人がよんだ歌に出会うと思うよ・・・と(枕言葉の話は省き) 「紫式部」の実=薄いピンクの小さなお花がこの実になるのよ、 この名前の人がいて、その人は日本で一番昔にお話を書いたのよ・・・と それから可愛いピンクの秋明菊よ・・・と話した後、 袱紗を使わない盆略点前でお友達にお茶を点てて差し上げるお稽古をしました。 約1時間半後になるお仕舞いの時に 団扇の「和」の字を見せて「意味を覚えている人」というと、 半数以上が手を揚げてくれました。 皆で声を揃えて答えてもらいました。 「よく覚えていたね、今日はお茶の心を一つ覚えたね」と褒めた後のこと、 なんと、花の名前を3つとも3人の子供たちが答えたのです。 「ぬばたま」など大人でも覚えにくいと思いますのに・・・。 運動会後の子供の成長は目覚しいものがあると、 毎年胸が熱くなるのですが、 半年前までは何も出来なかった子供たちが ご挨拶も上手になったし、 背筋を伸ばしてきちんとお話が聞けているとわかって、 本当に嬉しく先生との打ち合わせの時間に二人で喜び合いました。 日ごろの先生のご努力に負うところは大きいのですが、 お茶の影響力も見逃せないものがあると思います。 独特の雰囲気の中で落ち着いた時間が流れ、 集中せずには出来ない点前のひとつ一つ。 其の上苦味という大人の味(子供にはこのように言って興味を持たせています)に触れる。 季節を感じ、 「美味しくなーれ」と「の」の字を書いて点てたお茶を 人に差し上げるという喜び(子供は与えられる喜びの方が多いから)などなど。 心の栄養に欠かせないものがあるようです。 感動を与えてくれる素晴らしい子供たちに心から”ありがとう”と言いたいと思います。 |
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| 「ちょっといいお話」 東京都世田谷区 はこべ 2007年6月5日 | |
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| 「最高の思いやり」 愛媛県 野間昌子 2006年12月 | |
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| 「母の着物」 大阪府 牧野麻子 2006年12月 | |
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| 「牡丹」 愛媛県新居浜市 昌子さん 2006年5月 | |
我が家のお稽古日の前日のこと、用があって友人に電話をしたとき、 「牡丹お宅にある?」と、聞かれ「芍薬しかないの」と答えると、 「今、雨が降っているから、明日丁度良い蕾があるかどうかわからないけど、 出来たら届けてあげるね」とのこと。 「自分だけが見て満足するより、 沢山の方に喜んでもらう方が花も喜ぶから」と、おっしゃって・・・。 車で20分はかかるところで、しかも朝の忙しい時間に・・・私は期待しながら 反面、申し訳ないと思いつつ、お稽古の支度に忙しくしておりました。 いまにも開きそうな生命力あふれる蕾と、少し固めの蕾を、 お稽古前に持ってきて下さいました。 お弟子さんが「お床」を拝見するたびに歓声が上がり、 感動の言葉を耳にすることができました。 このようなお話は、きっとあちこちで聞かれると思いますが 私には、其の友人の何気ない優しさが、琴線に触れるものなのです。 今、その牡丹を携帯の待ちうけ画面にして、 電話の度に「和」の心を味わっています。 |
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| 「気遣い」 大坂 川添光代 2006年5月 | |
大阪の市内に戻ってきて まず困ったのが食料の買出し。 スーパーしかないので 「とてもおいしい食材」には出会いにくいのです。 先日 路地の中にお肉屋さんを見つけました。 ご主人ご自慢の牛肉が さっき入ったばかりだからとお勧め。早速購入。 それと、朝食用にハムと明日のお弁当に・・・・・と 数種類買いました。 家に帰ってみて 驚きました。 夫々の包み紙の上には「ハム」「豚薄切り」・・・ などと書かれてあったのです。 発泡スチロールのパックじゃないから 中身が見えないので工夫されたのでしょうね。 このような気遣いや、もてなしの心に「和」を感じます。 牛肉は 本当においしかったですよ。 |
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「飴」 京都市 直子 2006年4月
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先日、身体をいためて整骨院に行ったときのことです。 仕事を休んで昼間に行ったのですが 待合室には結構たくさんのお年寄りが待っておられました。 「いたたた」と、長椅子の端っこに座っていると 隣のおばあさんが「ん。」と小さな巾着袋の口を広げて 私に差し出されました。 「?」と思って中を見ると、いろいろな飴がたくさん入っていました。 「え?いいんですか?」と言うと 「とって。」とにっこり微笑まれました。 お礼を言ってひとつ取ると 「それ、生姜(しょうが)やし。」とまたにっこり。 全く知らない人から飴をもらうなんて。 ほんのり生姜の味の飴を口に含んでいると、 なんだか痛みもやわらいで 「こういうのっていいなぁ」と思いました。 |
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| 「夜桜と遺影」 兵庫県 松本高明 2006年4月 | |
花見の季節になると、毎年、思い起こすシーンがあります。 東京上野公園の夜桜見物に出かけた時のことですが、 「花見狩り遺影伴ふ女佇てり」 |
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