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華道家元池坊「いろは」
い 「こころ」「精神」[いけ花とは] 花をいけるという言葉は、花を美しくいかし、いける人も共にいかされていることを意味します。 花をいけるとき花をみつめてひらめく感じを、あるいは理想とする美し さを花に探し求め、花に託して表現してこそいけ花となります。 草木花、そのものが自然にあるとき、それは周囲とともに調和ある姿でありますが、いけ花も、季節 や環境、みる人など、他との調和、うつりを大切にします。 たとえば、特別なしつらえもない床の間に軸を飾り花をいけたとき、その床の間の空間には、静かな世 界がよみがえります。 周囲とのうつりの中で、いけられた花そのものの美しさが発揮されるのです。周囲をいかしながら花そのものもいきます。 この「他をいかして 共にいきる」精神は、池坊華道の基本でもある「和の精神」を示しています。 華道家元四十五世 池坊専永 ろ 「知識」 [歴 史] いけ花発祥の地とされる六角堂は、紫雲山頂法寺といい、聖徳太子が用明天皇2年(587) 四天王寺建立のための用材を求めてこの地に至られた時、霊夢によっ てここに六角の御堂を建て、その護持仏を安置されたと伝えられています。 六角堂の北面は、太子が沐浴された池の跡と伝えるところで、この池のほ
池坊の祖先は、朝夕宝前に花を供えてきましたが、遂には代々いけ花の名手と して知られるようになりました。 15世紀中頃座敷飾りにいけ花がとりいれられるようになります。初期のいけ花は「立て花」といい、本木(もとき)と下草(したくさ)で 構成されました。池坊専慶は、その頃の名手として記録に残っています。 16世紀前半になると池坊専応が、単に美しい花を観賞するのではなく、草木の風情を 重視することを説き「専応口伝」をあらわしました。 この頃から立て花は構成も複雑になり「立花」(りっか)と呼ばれるようになります。 17世紀初めには、不世出の 名手といわれた池坊専好が活躍しました。 宮中や公卿邸で立てた作品図が多数残されています。17世紀の後半、国内に平和が続き、商人の経済力が大きくな るとともに、立花は裕福な町人の間にひろがりました。 池坊は立花の家元として花をいける人々を指導し、いけ花は全国に普及しました。 一方この頃から草庵や 小座敷にふさわしい、わずかな草木でいける抛入花が盛んになります。 抛入花は立花とともに古くからいけられていましたが、きまった枝葉のない簡単なもので した。 しかし18世紀に入ると、次第に枝々が呼応するいきいきとしたものになり、やがて、三つの主な枝で構成され、簡素ながらも格のある「生花」(しょうか)へと 発展しました。 日本近代文明の夜明けと称される明治時代には、いけ花は女性の教養として生活の中にとけこみ、20世紀に入ると生活の洋風化にしたがい、投 入・盛花が流行しました。 現在では、池坊の伝統様式である立花、生花とともに、投入・盛花から発展した自由花〈現代花〉が広くおこなわれています。 [立 花]
立花は複雑で多彩な構成をとります。 もともとは自然の面影や雄大な景色を表現するもので、九つの主要な役枝で構成されます。 現在の立花は形式や外見的な 構成をまねるのではなく内容から表現される美しさに注目して創作されています。 [生 花]
生花は一本の木、一握りの草、一輪の花それぞれの命あるものの成り立ちにより、一瓶の形を定めてゆくのが池坊生花の原則です。 その命あるものの成り立ち を「出生」と呼びます。 伝統的な生花正風体では、人・天・地になぞらえる三本の役枝(真・副・体)により構成されます。 現代的な感覚を重視する生花新風体では、 陰・陽からなる二つの役枝と作品効果を高める第三枝で表現されます。 [自由花]
自由花には花形、形式など定められた約束がありません。 草木に自然の美や出生の美を見つめて生ける場合もあり、また、形、色彩、量、質感などから草木をみ て、ものとしてオブジェとしてあつかう場合もあります。 現代的な感覚により、自由な発想によって創られる創作的で個性的な作品が自由花です。
花をいけるために作られた器を花瓶、花器といいます。座敷飾りの花がさかんであった室町時代初期には花よりも花瓶に関心が集まり、中国伝来の唐物がもて はやされました。 その様式を模した花瓶も多く伝えられています。 たとえば左右に耳のあるもので、龍耳、丸龍耳、獣耳、象耳、蝶耳、鳳凰耳など、様々な形の耳 をもった花瓶があります。 現在の花器の型には、壷形、角形、菱形、筒形、水盤形、鉢形、コンポート形、釣形、掛形、変形などがあります。 材質は銅、鉄、陶磁、 漆、石、ガラス、木、竹、石膏、プラスチックなど、様々で、それぞれの材質に特長があります。 花瓶の色彩も色とりどりに豊富ですが、あくまでも、いけ花とともに ある花瓶であることを考えて使用します。 [花 鋏]
花をいけるのに最も必要な鋏は、花をいける者のもう一つの手でもあります。 鋏は江戸時代前期から用いられており、外科用の鋏がうすい葉を切るのに便利だっ たところから花鋏として用いられたのがはじめともいわれています。 手にしてみて持ちやすく、使いやすい大きさのものを選びます。使用後はあくや水気をよく拭 き、鋏がさびないように注意することが必要です。 [花 留]
花を固定する道具のことで「込藁」「花配り」「剣山」等があります。 込藁はあく抜きをした同じ長さの藁を束ねた物で、そこに枝葉を立てます。主に立花に用いられ ます。 「花配り」は古くは花握ともいわれ、花器に枝などの棒状の物を渡して挟み込むように使用します。 井の字に配置する井筒配り、又になった枝を配置する又 木配り等があります。 水盤などの花器には、石に穴をあけた「石穴」や「銅輪」を用います。 直接草木を挿し込んだり、花配りを入れることもあります。「剣山」は近 代になってから用いられはじめたもので、大中小、角形、丸形、半円形など、様々な種類があります。 現代では、その他色々便利な留具が考え出されています。
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