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小笠原流礼法「いろは」
写真:鈴木直人
い「精神・こころ」
小笠原流礼法は、室町時代より綿々と伝わってきた、日本の伝統的コミュニケーション体系です。
自分の内面にある「相手を大切に思うこころ」を的確に伝達するための手段ともいえ ましょう。
相手に対するこころを、自らを抑制すると共に美的基準や道徳的基準を加えることに よって、目に立たない、自然な型で現すことが可能となります。こころとかたちがひ
とつになって成り立つことこそが礼法なのです。
ろ「歴史・知識」
清和源氏の流れをひく小笠原氏は、源頼朝に仕えたといわれる長清(ながきよ:1162〜1242)の頃から弓馬に優れており、弓馬術を司っていました。
室町時代になると貞宗(さだむね:1294〜1347)により、これらに礼式が加えられて弓・馬・礼の三法が小笠原の伝統の基盤となったのです。
さらに後世、「小笠原といえば礼法」といわれる基盤を作り上げたのは足利三代将軍 義満の命により、今川・伊勢両氏と共に長秀(ながひで:1366〜1424)が、供奉、食事、宮仕えや応対の仕方から書状の様式、蹴鞠のやり方など武士の一般教養を目指したといわれる、「三議一統」の編纂にあたった頃と考えられます。
その後、貞慶(さだよし:1546〜1595)からその子秀政(ひでまさ:1569〜1615)に伝えた「小笠原礼書七冊」といわれる伝書は、前述の「三議一統」以来加えられた今川・伊勢両家に伝わる故実をくみ入れた小笠原流礼法の整序につとめ、それが大成したもので、武家の質朴な礼の本義というべき性格を示しています。
江戸時代は、幕府の公式の礼法であるためお止め流とされ、また一子相伝のもと、一般に教授されることはありませんでした。
第二次大戦後、個人主義を勝手な利己主義とはきちえ、日本人 が持っていたはずの「相手を大切にする心」が薄れ始めました。
先代宗家 故小笠原忠統は、このような日本の状況を憂 いて、形式のみが先立つこ となく、相手に対する心が根底にあること、また目に立つことのない、自然で美しい
型を通して表現される真の礼法を伝え広める為、自らが一子相伝の封印を解き、一般 への教授を始め、生涯に渡り、礼法の普及活動に努めました。
その志は、現宗家小笠原敬承斎に受け継がれ、現在に至っています。
五節供
現代生活にもとり入れられる小笠原流礼法の五節供
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人日の節供一月
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上巳の節供 三月
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端午の節供 五月
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七夕の節供 七月
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重陽の節供 九月
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は「 作法・ふるまい」
日常生活における礼儀作法・・・基本動作(姿勢・お辞儀など)、訪問ともてなし、贈答、食事のマナー、折形と水引など
ビジネスにおけるマナー・・・ 基本動作、身だしなみ、接客、名刺、電話、言葉遣いなど
年中行事・冠婚葬祭・・・ 五節供、冠婚葬祭の心得など
など現代に活用できる生きた礼法を学ぶことができます。
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