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小川流煎茶いろは
「烹(に)るに法あり。式なし。其の式その法中にあり」『喫茶弁』 煎茶家としてさまざまな人物が現れた江戸時代後期、当時の文人社会では煎茶の風致に酔い、溺れるもの が多くなって、肝心の茶のことが考慮されないことが起こり始めました。 小川流の流祖小川可進はその事 態を憂い、新しい茶を煮る方法を考え出しました。 それは、天然自然の理をもとに、自然の中にあることをふまえ た科学的なものであり、また、あくまでも真の茶味を求めるために、手前や作法が煎法に優先す るのではなく、必然的な煎法がまずあって、それに即して合理的、美的所作がつけ加えられるものでした。 可進の手前は自然な動きの連続であり、そこから生まれたからこそ、その茶味はすばらしいものとなったといえ ます。 可進が表 した『喫茶弁』の この一文は茶を煮るために常に最も注意しなければならない煎茶のこころがあら われています。
ろ 「知識」「歴史」 A 基本的な道具の名前
三清庵(さんせいあん) 後楽堂 小川流の根本となる道場とでもいえる所です。 基本的に一般には公開しておりませんが、季節ごとに 各種の茶会が催されます。 煎茶は本来茶室としての規定をもちませんが、いわゆる煎茶趣味として茶室の趣向が各部屋に見られます。 また、庭の中にも参鷺庵(さんろあん)という小間の茶室があります。
は 「ふるまい又は礼儀」 煎茶席は堅苦しい決まりはありません。 各人が常識の範囲で、自由に茶味を楽しめばよいのです。 お茶席に呼ばれた場合、大きい茶会では懐紙もいらないことも多いですが、もし用意できれば、懐紙と菓子切、茶席扇子があればよいでしょう。
また、流派によって違いはありますが、煎茶では先に菓子が配られても、お茶のほうを先にいただきます。
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