小川流煎茶いろは


小川可進創意の本格手前道具
い 「こころ」「精神」

 「烹(に)るに法あり。式なし。其の式その法中にあり」『喫茶弁』

煎茶家としてさまざまな人物が現れた江戸時代後期、当時の文人社会では煎茶の風致に酔い、溺れるもの が多くなって、肝心の茶のことが考慮されないことが起こり始めました。

小川流の流祖小川可進はその事 態を憂い、新しい茶を煮る方法を考え出しました。
それは、天然自然の理をもとに、自然の中にあることをふまえ た科学的なものであり、また、あくまでも真の茶味を求めるために、手前や作法が煎法に優先す るのではなく、必然的な煎法がまずあって、それに即して合理的、美的所作がつけ加えられるものでした。

可進の手前は自然な動きの連続であり、そこから生まれたからこそ、その茶味はすばらしいものとなったといえ ます。

可進が表 した『喫茶弁』の この一文は茶を煮るために常に最も注意しなければならない煎茶のこころがあら われています。

武沢楊岸画の小川可進像

ろ 「知識」「歴史」

@ 歴史
小川流は江戸時代後期京都の御典医、小川可進によって興されました。
可進は天明六年(1786)京都で生まれました。
宮中や公家の医者として勤めていましたが、五十歳の時これ を捨てて、煎茶の研究に没頭し、 やがて煎茶家として一家を成します。

その煎法は合理性に富み、科学的 かつ衛生的。
現代の医学化学 にも通じるところがあり、煎法や新しい茶器の工夫で、煎茶の世界を一新した とい われました。
また、その茶味は「至精の香味」と称される、新しい旨みを生み出しました。



A 基本的な道具の名前


■涼炉(りょうろ) 
湯を沸かすために炭を入れて火をおこすものです。
一般的に白泥と呼ばれる素地のものが多くみられます。

■ 湯瓶(ゆへい・ボーフラ)  
水を入れて涼炉にかけ湯をわかします。
その形からポルトガル語のカボチャを意味するボーフラともいいます。

(唐物三峰炉と湯瓶)


■茶瓶(ちゃへい) 
茶葉をいれて湯を注ぎ茶液を碗につぎわけるためのもの。
小さく手のひらに乗るほどの大きさで朱泥と呼ばれる朱色のものや染付けの磁器のものなどが好まれます。

(茶瓶 いろいろ)


■茶碗  
茶をいただくためのうつわ。
猪口ほどの小ささで、茶の色がよくわかる磁器が好まれます。

(茶碗いろいろ)

三清庵 八畳の床
B 施設の名称

三清庵(さんせいあん)  後楽堂
小川流の根本となる道場とでもいえる所です。

基本的に一般には公開しておりませんが、季節ごとに 各種の茶会が催されます。

煎茶は本来茶室としての規定をもちませんが、いわゆる煎茶趣味として茶室の趣向が各部屋に見られます。

また、庭の中にも参鷺庵(さんろあん)という小間の茶室があります。 
参鷺庵
 


は 「ふるまい又は礼儀」

煎茶席は堅苦しい決まりはありません。
各人が常識の範囲で、自由に茶味を楽しめばよいのです。 

お茶席に呼ばれた場合、大きい茶会では懐紙もいらないことも多いですが、もし用意できれば、懐紙と菓子切、茶席扇子があればよいでしょう。
庭に茶器を持ち出しての煎茶席風景

また、流派によって違いはありますが、煎茶では先に菓子が配られても、お茶のほうを先にいただきます。

これは、微妙な茶の甘味旨みを味わうために、菓子の甘味をあとにするのです。
お茶は二回でてくることが主です。

 

 

 

 

 

 


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