二代目桂文枝

弘化1年(1844)-大正5年(1916)

紀州粉川の生まれ。立川三光門で立川三木助を名のったのち、初代桂文枝門で文三。幕末、明治の上方落語界最大の勢力をほこる初代桂文枝には四天王と呼ばれる大物噺家がいたが、初代文枝没後お家騒動が勃発。落語界を二分する騒ぎを経て文三が二代目を継いだ。地味でおとなしい芸風だが、低い声でぽつりぽつりと話す口調が実におかしかったという。二代目文枝は晩年、出身地の紀州に因んで桂文左衛門を名乗った。