三代目桂米朝

大正14年(1925)-

四代目桂米団治門で桂米朝。米朝は落語界に入る前は東京の作家正岡容(いるる)の門人で文筆家を目指していた。(同じ正岡門下に俳優の小沢昭一、加藤武、劇作家の大西信行、演芸、相撲評論の小島貞二などがいる)正岡の要請で衰亡の際にあった上方落語界に身を投じたのだ。この正岡の先見の明と米朝の勇気がなければ、上方落語はどうなっていただろうか。

米朝は桂三木助の襲名をすすめられたことがある。芸風が近かったということからのようである。また、三木助没後、門弟を預かっていたこともある。