三代目三遊亭円馬

明治15年(1882)-昭和20年(1945)

大阪市北区大工町生まれ。父は月亭都勇という落語家。京都で噺家としてスタートを切るが名人音曲師立花家橘之助のすすめで東京で修行。初代三遊亭円左門でめきめきと頭角をあらわす。七代目朝寝坊むらくから三代目円馬に。上方落語も東京落語も同じくらい巧みに演じたという稀有の人。特に八代目桂文楽、三代目三遊亭金馬などのちの東京落語界に重きをなした若手に絶大な影響を与えた。八代目文楽は「なめろといわれれば師匠のゲロでもなめたでしょう」といったと伝えられる。晩年は大阪に住み、この地で没した。