六代目春風亭柳橋

明治32年(1899)-昭和54年(1979)

四代目春風亭柳枝門下で10歳の年に柳童で初高座。枝雀、柏枝、小柳枝を経て柳橋に。大正中期から今のアイドルタレント並みの人気者になった。三代目桂三木助はわずか三歳違いながら、叔父四代目柳枝の弟子である柳橋門下になったのだ。柳橋が柳家金語楼と組んで「日本芸術協会」を結成すると、当然三木助もそのメンバーになったが、後にライバル団体である落語協会に移籍している。師弟の仲はあまり良くなかったようだ。柳橋は戦後はラジオ「とんち教室」で売れた。晩年は大旦那の風格があった。