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《「にほんのこころ」は平成14年から15年にかけて取材させていただきました 》

京友禅の中でも特に高度な技術を要する「摺り染」。それは江戸時代の奢侈(しゃし)禁止令(庶民ぜいたく禁止令)がなければ生まれないものでした。今では数少なくなったこの技術で、平成8年には国の伝統工芸士に、平成14年には京都市の伝統産業技術功労者に認定された吉田博さんを訪ねました。
 
摺り染の歴史  
宮崎友禅斎

友禅とは江戸時代中期の絵師 宮崎友禅斎 からその名前がきています。友禅斎は扇の絵師でしたが遊び心のある絵が評判となり、やがて着物にも絵を描くようになりました。江戸時代には様々な技法が確立しました。
写真は京都知恩院にある友禅斎の銅像です。

   
   
摺り友禅のおこり
紋様染めの技法としては、奈良時代から伝わる三種類の技法があり、三纈(さんけち)と言われ、正倉院御物の中にも残っています。

三纈とは?
臈纈 (ろうけち) ろうけつ染めのこと。溶かした蝋(ろう)で防染して紋様をつくる方法。
夾纈(きょうけち) 板締めのこと。凸凹の模様を彫った薄板二枚の間に糸や布を挟み防染し染めることで紋様をつくる方法。
纐纈(こうけち) 絞り染めのこと。糸でくくって防染して紋様をつくる方法。


摺り染はその中で、絞り染の代用品として生まれました。

 

摺り匹田(すりびった)

 
   
辻が花紋様の摺り染め

摺り染技法のはじまりは、江戸前期のことです。
長い戦乱から開放され、豪華な衣装など自由な社会風潮の対策として、1683年 奢侈(しゃし)禁止令(庶民のぜいたく禁止令) が発布されました。
それにともない、贅沢な手絞り染め・鹿子絞りが禁止され、 その代用で絞り染めの匹田鹿の子(ひったかのこ)文様を型紙に彫り、刷毛を使って鹿の子模様を表す技法「摺り匹田(すりびった)」が生まれたといわれています。

しかし、手描き友禅が自由に絵を描けることから、型紙も写真型が出来てくる昭和30年の後半くらいから急速に摺り友禅減り、友禅自体もだんだんと機械化されていきました。
「私の親父の代の頃にはまだ世間にあったのですが、今は本当にやっている人が少なくなりました」と吉田さん。

そこでこの摺り友禅の技法を残していこうと、1999年4月に「京友禅摺染め技術保存会」が発足しました。
カチン摺りの工程  
 
カチンとは墨のこと。昔は、カチン棒と呼ばれる トクサを炭化させた染色用の墨でしたが 現在は手に入りにくく、墨汁(ぼくじゅう)に呉(ご:大豆を粉にして水に溶かしたもの)を混ぜ、吉田さんはこれに滑りをよくするために少しお酒を入れてつくられます。この墨の作り方は各職人によってそれぞれが工夫をこらすとのことです。

カチン摺りとは 模様の輪郭線を型紙で摺り際立たせる技法です。特に高度な技を必要とします。
普通の手描き友禅は白糸目(糸目とは模様の輪郭線のこと)ですが、カチン摺りは墨の糸目になります。ですから普通の友禅よりも、シャープな線が出ます

何枚も型紙を使って、一枚の絵にしていきます。 ひとつの柄に最低3枚、多いときは10枚以上の型を重ねます。

摺り友禅は昔から分業です。絵師、彫刻師、摺り師・・・それぞれの技術を守ることが大切なのです。
   
型紙
   
 
   
刃を二枚合わせた独特の彫刻刀と一枚刃を使い分けて型紙を切っていきます。
この技を引き継ぐ人は数少なくなってきています。
「繊細な柄を切れる職人さんが本当に少なくなりました。摺り染めを残すためには型紙を彫る職人さんを残すことが本当に大切なんです。」
友禅板
   
   
生地を固定するための樅(もみ)の一枚板。7mの長さ、幅45cm、厚さ1.5cmあり、約40kg強の重さがあります。
吉田さんの工房にはこの樅の板が天井に縦にたくさん並んでいます。
「この上げ下ろしが出来るようになったら一人前。今は国産の樅はほとんどありません。ここにあるのは親父の代からのものばかりです。」

昔は友禅染の工場を専門に作る大工がいました。その大工がこの板も作っていたとのことです。
「今は本当にこの板を修理する板大工(いただいく)』さんが少なくなりました。でも友禅染がある限り、需要はあるわけです。昔、染め工場専門だった大工さんは今は普通の工務店になっていますが、一人はこの『板大工』さんを置いているようです。」
   
   
牡丹刷毛(ぼたんばけ)
摺り染めの色は染料を調合して作ります。それを型紙に刷毛で色を入れていきます。そのため何種類もの刷毛を使います。
 

「大丸の白毛(だいまるのしろけ)」
雄鹿のおなかの生毛(うぶげ)。
柔らかいため摺り込む面積の広いものなどに適しています。

 

「大丸の黒毛(だいまるのくろけ)」
雌鹿の背のところに近い硬い毛。
毛の腰が強いためカチン糸目や細い線の表現に適しています。比較的磨耗に弱いので早く毛先が減ってきます。

 
 

「大丸のまじり」
おなかと背の毛を混ぜたもの。両方の毛の特質を兼ね備えています。

 

「ぼかし刷毛」微妙なぼかしのときに使う刷毛。ぼかしは型の彫り口の大きさに合わせて刷毛を使い分けます。この写真の刷毛は細かなぼかしのときに使います。
左から「間丸(あいまる)」「中丸」「小丸」」「豆丸」

 
   
「この刷毛(左)はまだ毛先が長くて使えないんです。だから他のことに使って少し減った(短くなる)ところでカチンに使えるようになります。これ(右)はちょうど良い長さなんです。こうなるまでには時間がかかる。鋭角な線を出すにはちょうどこのくらいが良いんです。でも、これ以上減ったら使えません。」
   
   
小さな点を「星」と言います。星を目印に型をあわせます。重ねていく摺りがずれることのないように 生地に予め星と呼ばれる印をつけておきます。その型を固定するために突き張りを刺して紙をとめます。
   
型紙

カチン(輪郭)を摺る型。
輪郭線などのシャープな線は、薄手の和紙を使います。

 

色さし(ぼかしを摺る)の型。ポンギリと言います。
ぼかしなどをする広い面積は、厚手の和紙を使います。

 
 
 

 

 
細いところはかすれやすく、太いところはにじみやすくなります。
細いところは刷毛の毛先の長いところを使い、太いところは毛先の短いところを使います。

にじみそうでにじまない、ぎりぎりの墨の量を、刷毛のスピードと抑え具合で加減しながら手早く摺っていきます。
まさに熟練の技、手加減の世界です。
 
 
輪郭が仕上がりました。
この柄だけでもあと50枚近い型紙を使い、この着物全体では400枚近い型紙を使うことになります。
 
 
下摺り・ぼかし
カチン摺りの輪郭の中に色を重ねていきます。下摺りは一様に色をつけていきます。
 
そしてその上にぼかしを施します。濃淡の色を重ねることで立体感を出していきます。
   
   
   
型紙をめくるまでわからない摺り染め。この緊張感が何日も続き、このような陰影のあるカチン摺りの着物が出来上がるのです。
 
   
 
このあと、100℃の蒸し箱の中に入れて着色します。 それから水洗。昔は鴨川で流していましたが、今は地下水で流しています。
 
 
   
無地摺り
 

昔は摺りで作る無地があったのですが、今は作る人がいなくなっています。しかし、消費者は無地の着物を着る機会が多いため、吉田さんはこれに挑戦しています。
カチン摺りとは違い、 7枚の型紙で 一つの文様を摺りあげますが、この重ね具合が大変難しいものなのです。
重ね具合は天候によっても表情が変わります。それを一枚の着物に重ねて全体のバランスをとるのが大変難しいのです。

「これを作る人がいないんですが、私はこれを作りつづけていきたいと思います。」

 
 
   
無地は全体が一色で模様がないものを言いますが、吉田さんの無地は表情があり微妙に違います。
摺り染めの無地は奥深い無地に仕上がります。
   
思い  
「摺り友禅は昔から分業です。絵師、彫刻師、摺り師・・・。彫刻師の高度な技術を守るだけでも大変なんです。今は写真型に変わってきているけど、その部分だけでも守らないといけないと思って、自分の彫れる範囲は自分でもしないといかんのとちゃうかなと思うようになりました。型彫るんやったら絵も自分で描いたらええんやないかと。 たまたま絵は嫌いではないので勉強をして全て自分でやる作品を作りたいと思いました。

それで、桜は以前から見るのも好きでスケッチはしてきていました。ちょうど桜の依頼がありまして、それを生かす機会が出来たというわけです。」
 
   

吉田さんはこの桜の作品で絵も型紙を彫刻するのも摺るのも全て一人で仕上げました。
   
「着物一面に桜を咲かそうと思いました。桜の花の陰影を一番表現したかった。周囲の重なりの陰影のピンクと白をなじませることに苦労しました。白を最初に摺って、次にピンクを摺る。それにまた白を重ねる。そうすることで周囲になじんだピンクになりました。」
   

「古いもんを大事にしたいと思てます。自分も古いもんが好きやから、集めたりしてますけど、自分のやっていることが消えていくのは困るので、大事にしておきたいな、とこだわってやってきました。」

「こういう仕事は分業で手仕事だったんですが、今はひとつひとつ機械化されていっています。手仕事を残すのは難しい時代になりました。ただ、作っているだけではだめです。
だから、手仕事をやっている者が消費者にいかに手仕事の良さを伝えるかが大事やと思います。ですから声がかかれば全国の催事に出かけていきます。作品の説明をお客さんにしています。
摺り友禅をご存知ない方に、手仕事の摺り友禅を説明します。そういうことに充分時間を費やしていきたいと思っています。」

「摺り友禅は、刷毛でぼかしをいかに絵を描くようにするかにかかっています。職人によって同じ一枚の型でも表情が全く変わります。型紙をのけたとき(どけたとき)に筆で描いた絵を越えるだけの表情が刷毛で出せるか・・それが摺りの技だと思っています。」

   

吉田染工場
〒604-8422 京都市中京区西ノ京東月光町35番地
TEL 075-811-2643 FAX 075-821-2815

 
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