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《「にほんのこころ」は平成14年から15年にかけて取材させていただきました 》

瓢亭玉子や朝粥で有名な瓢亭は京懐石の老舗です。400年以上の歴史に育まれた瓢亭のおもてなしの心を訪ねました。



 
瓢亭の歴史
瓢亭玉子(ひょうていたまご)

400年近く前、現在の瓢亭の表の通りは南禅寺の参道と東海道の裏街道でした。

その頃はそこを行き交う人々のための茶店として店を構えていましたが、やがて茶菓子以外にも何か出して欲しいとお客さんに言われるようになりました。
そこで 庭先で飼っていた鶏の卵をゆがいて出したところ非常に珍しがられて喜ばれました。
当時はたまごを「煮抜き(ゆでたまご)」にして食べることは大変珍しいことでした。その頃の文献にも「形丸くして骨無し・・」と出るくらいだったようです。
それから「瓢亭玉子」の名前が知られるようになり、天保8年8月15日から料理屋の看板を上げるようになりました。

「うちに来ていただくお客さんには必ず瓢亭玉子をお付けいたします。色もきれいですし、盛り付けもやりやすい。
八寸には必ず付けます。わたしとこにとって、この瓢亭たまごはとても大切にしているものです。」

   
花洛名勝図会(からくめいしょうずえ)

 

 
「花洛名勝図会(からくめいしょうずえ)」は今で言う京都のガイドブックです。
文久2年、1862年に発刊されたこの書物に、瓢亭は「南禅寺総門外松林茶店(なんぜんじそうもんがいしょうりんさてん)と紹介されています。
   
南禅寺門前茶屋
臨済宗の名刹、南禅寺。
三門は安土桃山時代に石川五右衛門が、ここから京の街を見張らして「絶景かな、絶景かな」と叫んだとの言い伝えで知られています。

瓢亭の創業はそれから少し下ってほぼ400年前の江戸初期の頃です。

以来、ずっとこの地を離れず、京都見物の旅人や、南禅寺の参拝客をもてなす茶店として、 そして今の京懐石の料亭として歴史を刻んできました。
 
建物
玄関の建物は昔からのもの。座敷の中でも茅葺の「くずや」も400年近く前のものです。建物は庭に点在しています
他に新席、広間 探泉亭がそれぞれ孤立して建ち、静かにそれぞれのひとときが楽しめるようになっています。
 
玄関

玄関には床机(しょうぎ)があり、古い草鞋(わらじ)もあります。 何人もの旅人がこの床机に腰をおろし、草鞋を結びなおしたことでしょう。

看板ものれんも、あかりも・・あちらこちらに瓢箪(ひょうたん)の意匠が使われています。

 
 
探泉亭(たんせんてい)
四畳半の座敷と板間の勝手からなります。明治の中頃に小川通一条から移築されたと言われています。
三角形の袋棚の中央には朱塗枠の花頭窓(かとうまど)があり棚としています。
 
 
くずや
草葺(くさぶき)のくずやは建物の中でも一番古いものです。

 

 
池の水は琵琶湖からの疎水からの水です。
「隣の無鄰庵(むりんあん−山形有朋の別邸)に水をひいたときに、瓢亭にも頂戴いたしました。ですから水の量だけは豊富にあるのです。」と橋さん。
参道の家には全部この水が流れていました。この水は白川から鴨川にも流れ込んでいます。
 

 

 
朝粥
名物になる

橋さんに朝粥の由来を教えていただきました。

「祇園町で夜遊びをしたお旦那衆が芸妓(げいこ)さんと連れだってふらふらと円山公園を抜けて来られます。
朝の5時頃に雨戸が閉まっているところに、ドンドンとおこされて何か食べさせてくれと言われ、お得意さんのお旦那衆ですから、急遽ありあわせのもので用意したのが、お料理というほどのことは出来ず、お粥でした。

美味しく食べていただくために濃い味のおだしの吉野葛(よしのくず)をあんにして醤油(しょうゆ)で味付けして、どろっとお粥の上にかけてすすって頂く。

暑い時期に、熱いお粥に、熱い葛あんをかけて召し上がって頂くわけですけれども、それが非常に良かったみたいで、口伝(くちづて)に人に伝わって、多くの方に来て頂くようになりました。

そんなに来て頂くのなら夏の名物にしようと「朝がゆ」という看板をあげて商売にし始めたのが明治初年なんです。」

もう百年の歴史をもっている朝粥です。

   

「冬にもお客さんに来て頂きたいと考え出したのが『鶉(うずら)粥』なんです。
鶉の肉を炊き込んだ雑炊を出すわけです。
それで、本当なら鶉雑炊と言うんですが、夏の名物が朝粥と言うので、こちらも鶉粥としました。これは戦後間もなくから名物にしました。」

朝粥は本店で7月1日〜8月31日、別館で4月1日〜10月31日
鶉粥は本店で11月1日〜1月31日、別館で11月1日〜3月31日に賞味できます。

 
おもてなし
 
「料理が美味しいということが一番大事なことなんですが、そのほかに大切なことはおもてなしの部分です。
料理屋というのは日本文化の凝縮したようなところがあると思うのです。

玄関を入ってこられて庭を愛でながらお部屋に通られると、四季の室礼(しつらい)がしてあります。四季の花が生けてあり、時候のお軸が掛けてある。
ハレの場ですので、日常とはちょっと違う・・でもあまり仰々(ぎょうぎょう)しくてはいけません。

自然なもてなしでいかに満足していただけるかが大切なことです。 行き過ぎず、足らないことのないように・・と心がけています。」
 

は野にあるように

 
瓢亭の座敷に飾られる花はすべて、橋さんが丹精こめて育てたものです。
季節を彩る花は料理を引き立てる名脇役です。 目でも季節を味わってもらう・・・それが瓢亭のもてなしの心なのです。
 
花を育てる

「子どもの頃から、お花を育てて自分で楽しむのが趣味でした。
それも、西洋の派手な花ではなく、山野草や茶花というような地味な花が好きでした。

母親が各部屋にいつも生けていまして、それを見ていたわけです。
自分で生けるようになってからも、習ったわけではなく我流で、利休さんの教えにあるように『花は野にあるように』という気持ちで生けています。
その一言が大変難しいのですが、自分の庭で花を作っておりますので、どのような状態で花が育つのかを知っています。
ですから自然体で生けるようにしています。」

 
 
橋さんの庭には150〜200種類くらいの花があるそうです。
「手入れは昼間には仕事がありますから夜中にやったりします。気が付けば周りが明るくなってカラスが鳴いていたりすることもよくあります。
できるだけ1日に一鉢は植え替えたり手入れをしたりして、『一日一鉢運動』と言って 自分なりにやっています。」
 
床の花
5月の室礼をする橋さんが選んだのは菖蒲(しょうぶ)です。
刃物のように鋭い葉の形を生かし、緊張感のあるフォルムに仕上げます。
ふさわしい掛軸にふさわしい花。瓢亭の室内にも、研ぎ澄まされた季節が存在します。
 
帳場
橋さんは一日の大半をここで過ごします。
 
「むさくるしいところですが、ここが私の仕事場なんです。ここでしたら台所、奥の調理場、お客様に料理が出て行く進行状況もすべて見られます。料理の献立もいろいろな原稿もすべてここで書きます。ここが社長室なんです。」
 
 
 
料理
明石の鯛
瓢亭の鯛は明石で獲れたものだけを使います。重さは1.8kgから2.5kgまで。しかも雌の鯛でないといけないそうです。
 
「魚の中で一番こだわっているのは鯛です。それも明石の鯛。明石は鯛ももちろん良いのですが、漁師さんが上手い。
鯛の上品さが好きです。

若い頃はお刺身というと二点盛り、三点盛りなどもしていましたが、だんだんと鯛の上品さが好きになって、いつの頃からか鯛一本になりました。『鯛は瓢亭はん』とお客さんに言うて頂けるようになったことは本当に嬉しいことです。」
   
いかに生かし、いかに殺すか
「料理に使う食材について、その特徴など基本的なことを知ることはとても大切なことです。
魚だったらその骨格やそのものの持ち味など・・・それらがわかっていたらいろいろなことに応用できます。

野菜も魚も特性を勉強して納得して、いかに生かすか、いかに殺すか・・ということが料理の中での大半だと思います。 」
   
 
季節
京懐石は季節を味わう料理です。写真は五月、皐月の懐石料理です。
   
京料理

「私なりに京料理には思いがあります。
最近、非常に変わったことをやる人が多いと思います。ある意味、無国籍化したような気がします。
私はお茶の料理を基本に、それをベースにして変化をつけて、伝統をふまえた上で革新を・・というように、新しいことに取り組んで行かないといけないと思っています。
ただ、お茶の世界から見て、これはやったらいかん・・・という目に見えない垣根があると思います。
そういうところを自分なりに戒め(いましめ)にしてやっています。


食材も外国からいろいろなものが入ってきます。それも上手く使って、日本的にアレンジして、京料理の枠をはみ出ないようにしています。」

 
家業  
「私どもの仕事の規模は本当にちっぽけなものです。家業なんです。

親父が包丁を握り、家内が接客をして室礼をして、息子がその両方を見習いながら成長する・・それが理想的ですね。

家族を中心として、他の従業員がいるという・・ある程度の組織とかマニュアルとかも大事ですが、何と言っても親子の絆(きずな)を中心にして、細かいところまで気を使いながら、お客様をおもてなしできればと思っています。」
 
十五代目
橋さんの長男、橋義弘さんも瓢亭の調理場で働いています。
「小さい頃から店と一緒に生活しているので、意識せず自然に、あたりまえに仕事に参加してきました」と義弘さん。
 
さわやかにお迎えする
奥様の橋容子さんは接客、器の用意、お部屋の室礼など、多くの仕事をこなしておられます。

「最初の挨拶が肝心なんです。『ようこそおこしやしておくれやす・・』と気軽に、さわやかにその言葉が出てくるような気持ちを大切にしなければなりません。
毎日していると、慣れるというのがとても怖いんです。やはり、いつも新しい気持ちを忘れないようにお客様をお迎えしたいと思います。」
 
 
毎日の中で
容子さんが料理にあう器の選び方を義弘さんに教えます。
毎日の営みの中で、自然に瓢亭のすべてが次世代へと伝えられていきます。
   
思い
天職
 
「小学校から包丁を持つことが好きで、よく調理場で手伝っていました。
学校が試験中であれ、何であれ、忙しいと父親が手伝えと言えば喜んで手伝っていました。
自分の仕事が心から好きで、取り組めるというのが本当に幸せなことだと思いますし、何より嬉しいことです。」
 
 
リレーランナー

 

「伝統というのは守っていくだけでは衰退(すいたい)やと思いますので、『革新』とか『改革』とか『攻め』とかをして少しでも良い形に変えていくわけです。
両親から受け継いだものを、それよりも少しでも良い形にして次の世代に渡していきたい・・。
無理をせずに、派手なことをせずに、自分に合うたやり方で出来る限りのことをして、息子に渡していくという、いわばリレーランナーの1人のようなものですから、それが上手い形で渡していくことが出来れば、自分ではベストやと思っています。」

 

瓢亭
 〒606-8437 京都市左京区南禅寺草川町35
TEL 075-771-4116 FAX 075-771-8262

 
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