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《「にほんのこころ」は平成14年から15年にかけて取材させていただきました 》

京菓子とはー
京都は「お菓子屋はん」「おまん(饅頭)屋はん」「お餅屋はん」の三種類が上手に住み分けている街です。その中で「お菓子屋はん」はおもてなしに使われる菓子を作っています。
小さな菓子の中に季節や思いを演出する京菓子司「末富」をたずねます。


 
京都
文化の花
京菓子司

京都は長い間、御所があり、神社仏閣の中心の地でもあり、茶道の発祥の地でもありました。

また、地下水の豊かさ、近江の米、丹波の小豆など菓子の材料になるものも周辺に豊富にあり、材料も地方から集まってきました。

そんな歴史から、京都では菓子の文化が花開いたのです。

「京菓子とは、京の文化のひとつの花ですやろなぁ。」と山口さん。

 
京都はお菓子屋さんがとても多い町。
「お菓子屋はん」「おまんやはん」「お餅屋はん」の三種類があり、それぞれが補い合い重なり合って共存しています。昔は各町内に一軒ずつのそれぞれの店がありました。京都の人も上手にそれを使い分けてきたのです。

「お菓子屋はん」はおやつではなく、「おもてなし」「贈答品」の菓子を作るところ。
砂糖が貴重品だった頃から神社仏閣や公家、茶家など特定のお客様を中心にその要望に答える、いわばお菓子のオートクチュールです。
 
 
末富の歴史
 
暖簾(のれん)分け
茶の菓子
明治中頃、京菓子の老舗「亀末廣」から暖簾分けしました。店の名前と、お菓子を見たら、どこの「分かれ」かわかるようにし、またそれを誇れるようにするのが「暖簾分け」の世界です。
 
末富の先代は病弱で徴兵にとられませんでした。そのため一度もかまどの火を絶やさず続けることができました。

各茶道の家元との付き合いが始まったのもこの先代の頃から。 そして今では茶の湯の菓子を作る店として知られるようになりました。
 
   
寺院の菓子
ブルー

末富は寺院とのつながりが深く、お供物や行事ごとの菓子も作ってきました。
初めは東本願寺の御用の菓子を中心に、やがて妙心寺、知恩院、唐招提寺などにも出入りが許されるようになります。
今でも寺院の菓子は末富の主要な仕事となっています。

 
かつて菓子には青い色はほとんど使われていませんでした。しかし、末富の先代は青い色を好み、よく使いました。この青は和菓子の中でもモダンなイメージを作り、今では末富のイメージカラーにもなっています。
 
京菓子の豆知識
小豆(あずき)
大粒のものは大納言、小粒のものは中納言、少納言と呼ばれます。粒が平均的に揃い、光沢があるものが良いとされています。
 

 
きんとん
練り切り(つくね芋で作ったあん)に色をつけたものを、裏漉し器でそぼろ状にして、あん玉のまわりにつけたお菓子の総称です。他に栗だけで作ったきんとんもあります。
つくね芋
 
薯蕷(じょうよ)
ヤマイモのことを薯蕷(じょうよ)といい、すりおろして饅頭(まんじゅう)皮のつなぎに使います。あんなどを包んで蒸したものを薯蕷饅頭と言います。
 
 
こなし

蒸し菓子の一種。こしあんに薄力粉を混ぜて蒸し、砂糖水を加えてさらに練り上げ、様々な色に着色したものを「こなし」と言います。 独特の弾力があり、棹物(さおもの)や茶巾絞りなど様々な形に使われています。写真は棹物の「山道」。

 
 
 
 
 
こちらはこなしを使った、茶巾絞りです。
 
 
葛菓子

葛粉は、寒期に葛の根を掘り出して作った良質の澱粉です。吉野の葛が有名です。
見た目に涼やかなため、夏に好まれます。

 
 
 
州浜(すはま)
大豆をいって挽いた州浜粉に、砂糖と水飴を加えて練り上げた生地で作った半生菓子です。干菓子のひとつで多少の日持ちがします。
   
打物(うちもの)

微塵粉(みじんこ)に砂糖を加え、少しの水をさし、しっとりとさせて中に砂糖を加えて、桜で作った木の型に入れて打ち出した干菓子(ひがし)です。落雁(らくがん)などもこの打物の一種です。
   
   
有平糖(あるへいとう)
砂糖菓子の一種で南蛮菓子が発展したもの。砂糖に水飴を少し加えて煮つめ、熱いうちに形にします。飴菓子のひとつ。色々な細工が出来るので、茶席の干菓子として用いられます。
 
 
懐中善哉(かいちゅうぜんざい)
京都では、夏の暑いときに熱いものを食べてひと汗かくのが身体に良いと古くから言われていて、本当は夏限定のお菓子です。旅行にも懐にしのばせて行ける為、「懐中善哉」や「懐中しるこ」と言われています。あんを乾燥させ砂糖を加え、もち米を用いて煎餅状にしたもので包みます。焼印は、「京五山」。大文字などの送り火の形を描いています。写真は「船形(ふながた)」。
   
種煎餅(たねせんべい)
米の粉を搗(つ)いて、棒状にしてさいころ状にしたものを鉄板ではさんで薄く焼いたものです。味噌餡などを挟んだりします。
写真は「うすべに」。末富の代表的なお菓子です。梅肉餡がはさまれ、ほのかに紅色が透けて見えるお菓子。
 
 
道具  
箸、へら

「京菓子は単純な仕事です。道具も難しいものはない。きんとんのお箸も自分で削ります。ヘラも竹をもらってきて自分の手に合うように作ります。」と山口さん。

 
   
木型
木型。木製で、二枚組で使用します。桜の木がほとんどで、打物、練り切りだけでなく月餅や栗饅頭などの焼物の型押し用の木型もあります。
   
焼印
饅頭やせんべいなどにつける鉄製の焼印。四季や行事にあわせた形や文字がたくさんあります。よく熱してから使います。
 
 
もてなし
 
らしさ
たった40〜45gの中にひとつの世界を作ります。写実的過ぎるとイメージは広がりません。
見る人によって「吉野の千本桜」にもなり「円山公園のしだれ桜」にもなるようおおらかな「らしさ」が命になります。

「今は見てすぐに何かがわかるものが売れる。でも、それでは広がりがない。イメージを広げてそこで美しい光景を思い描いてこそ楽しいのです。」
 
おおらかな形のお菓子は、それだけではこれが何なのかわかりにくいものです。
そこに「銘」がつくと、とたんに「なるほど」とイメージが広がりだします。「銘」によって、もてなす人が、何を伝えようとしているのかがわかるのです。

同じ菓子でも銘によってイメージが変わります。このお菓子は「柴の雪」。でも使う人が他の銘にすれば、またイメージが変わります。
 
 
食べ頃
日持ちはしないため、早朝から作り、その日のうちに美味しくいただけるように、食べ頃を吟味するのが一番のおもてなしです。
作ってすぐに食べるのが必ずしも美味しいとは限りません。ある程度水分が中で均等になじむ頃が美味しい頃。
それが、作る人、使う人、食べる人・・の心を通わせる瞬間なのです。
 
   
季節  
   
サイン
山道

季節を現すサインをお菓子に盛り込むことは一番大切なことです。
写真のように「秋」といえば、紅葉や松葉などは比較的わかりやすいのですが、 例えば「雀」や「鳴子(なるこ)」。これらと銘との関係が大変重要です。でも最近はこのサインの意味を知らない人が増えてきました。

 
形は同じ。色の違いだけで山道の季節の移ろいを表わしています。
 
 
きんとんで表わす季節
とても単純なお菓子ですが、色の重ね、組合せで季節と景色を表現します。
さくら
 
菜種
 
   
 
紫陽花
 
 
梢の錦
 
木枯らし
 
 
思い
   
伝承
妙心寺は、京都の花園にある臨済宗妙心寺派の大本山です。12月12日は開山忌で、このときのお供えのお菓子を末富が納めています。有平糖の「宇賀神(うがじん)」、こなしの生地で作った段餅(だんもち)と紅巻(べにまき)、ちまきです。写真の宇賀神は紅白を逆に重ね、巻き方が逆になるように二本作ります。
 
寺院のお菓子は何十年に一回のものや一生に何回あるかわからないものもあります。

でも、それを伝えていくのも大切な仕事。次の世代に、菓子作りだけでなく、思いやその背景にあるものも伝承していきます。
 
   
今・これから
“今”の思いを菓子にも込めることが大切やと思っています。何もしなかったら過去のものになってしまいます。今の感覚に合うものを積極的に見たり聞いたりしながら、それを菓子に込めて作りつづけていかなければなりません。
このお菓子は、画家モンドリアンの絵をモチーフに作られました。
また、クラシックやジャズの音楽をテーマにしたもの、クリスマスツリーをモチーフにしたものなども、末富らしい美意識で作られています。

 
 
本物

「たとえば、お茶事のお菓子はご亭主とお話をしてどんなお菓子にするのかを決めます。いつ、どなたが、どんな趣向でされるのか、お客様はどんな方か・・それによってどんなお菓子にするのかを決めます。ご亭主の意をくんで“作らしていただく”のです。そんな意味で売ってる数より見本を作ってるほうが多いかもしれませんね。」

「踊りや、ピアノの発表会で記念に渡されるお菓子でも、それは“おやつ”とは違います。使う人がお渡しした人に見せて、あっといわせるものを考えます。能でも演目にちなんだものをお菓子にしたりします。お客さんとの連想ゲームのようなキャッチボールですね。」

「いろいろなものに興味を持って、知って体験していないとお客さんの要望にこたえられません。今は、言うたことだけしかできない人が多いでしょ。でも、菓子屋はそれではいけないと思うんです。 京都はいろんな意味で深い。お客さんも知識があって力がある。勉強しておられる。だから菓子屋も勉強させてもらえる。それが文化です。でも、最近はそんなことも少なくなってきましたなぁ。」

「今は甘いものをすぐに口にできるようになりました。昔はなかなかできなかったんです。家でおはぎを作ったら近所に配ったもんです。
最近は“甘い”ことが悪者になっているように思います。甘いというのは“うまい”ことなんです。今は頭でものを食べるから具合が悪い。ヘルシーだとか健康に良いとか、そんなことでお菓子を見て欲しくない。“うまいもの”を知ることは人間の持っている文化なんです。うまさというものの文化性を楽しんでもらうことこそ、菓子だと思います。」

「最近は偽者(にせもの)が本物の顔をしている世の中です。本物の素材を使うと安い値段ではできません。でも本物より美味しい偽者はありません。末富では、いつまでも本物の味を守っていきたいと思っています。」

   

末富
〒602-8031京都市下京区松原通室町東入
TEL 075−351-0808 FAX 075-351-8450

 
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