| その昔、"伏水"(ふしみ)とも呼ばれたほど豊かな水に恵まれた伏見の里は、京の酒蔵として多くの銘酒を生み出してきました。この地で創業300余年、今も変わらず"ほんもの"の酒造りを続ける蔵元「月の桂」増田コ兵衞商店を訪ねます。 |
|
 |
| 月の桂の歴史 |
|
|
|
創業
|
鳥羽伏見の戦
|
|
|
|
| |
|
|
「月の桂」の由来
|
|
|
「月の桂」の銘はその昔清らかな桂川の水を汲んで作ったことから命名されました。
江戸末期、公卿である姉小路有長公が石清水八幡宮での放生会(ほうじょうえ)に参向(さんこう)される途中、酒屋をしながら中宿をしていたここに泊まられました。そのときに蔵の裏にゆっくり桂川が流れているのを見て、
|
|
「かげ清き月の嘉都良(かつら)の川水を 夜々汲みて世々に栄えむ」
|
という和歌を詠まれてから「月の桂」という名前が生まれました。
月の桂とは「月の中には高さ500丈もある不老長寿の桂の木があり、ある一人の男が欲の為にその木を切って手柄をたてようとしたが、切っても切ってもすぐにその切り口がふさがり切る事が出来なかった」という中国の伝説があり、これを歌の中に織り込まれたということです。 |
| |
|
大極上(だいごくじょう)中汲(なかくみ)にごり酒
|
|
|
|
醪(もろみ)が充分に醗酵(はっこう)して熟成したとき、その桶(おけ)の濁ったところと濁っていないところの中ほどからお酒を汲み上げて造ることから「中汲にごり酒」と呼ばれています。江戸時代からあった名前です。
「清酒とは醪(もろみ)を濾したもの、という定義があって昔のドブロクは醪なんです。酒税法上は違反だった。
それで醪をザルで濾(こ)して、日本酒で初めてにごり酒を作ったのがうちなんです。最初は税務署が3日にあけず来ていまして、どぶろくか、にごりか・・・と。ですからこのにごり酒は酒税法自体を書きかえて出来たお酒なんです。」
今から38年前(1966年)厳しい酒税法を書き換えて出来たにごり酒が今ではここの看板商品となっています。
名は「にごり」であっても真珠のような光沢と爽やかな味わいを持つ酒が、月の桂の元祖 にごり酒です。
|
| |
| |
|
|
 |
| 伏見の水 |
| |
|
伏水(伏流水)
|
御香水
|
 |
 |
 |
 |
桃山丘陵から流れる豊富な水脈に恵まれた伏流水(ふくりゅうすい)が伏見の酒造りを支えてきました。
家康の時代には京都に300余りの酒屋がありましたがこの水脈を求め、多くが伏見に移ってきたと言われています。
その頃にはこの地名を「伏水」と書いていました。 |
|
| |
|
 |
 |
 |
 |
家康の頃「伏見七井」と呼ばれる七つの名水を持つ井戸がありました。
その中のひとつ「石井(いわい)」を持つ御香宮は、貞観四年(862年)九月、境内に清泉が湧き、その香りが四方に広がり様々な奇跡を起こしたことから清和天皇により「御香宮(ごこうのみや)」の名を授かりました。
今でもここの名水を求めて多くの人が足を運びます。 |
|
| |
|
| |
|
|
外港のある町
|
|
|
|
伏見には、秀吉が伏見桃山城を築城する際に開いた「伏見港」と、鴨川と桂川が合流するあたりの「鳥羽草津湊」の二つの外港がありました。この二つの港から、さまざまな物資がこの水路を通り都へ運ばれました。今でも、この水路が伏見の街中に残り、この地が京都、大阪両都市の大切な中継地となっていたかを垣間見ることができます。
写真は、昭和4年に作られた伏見港と宇治川をつなぐ三栖閘門(みすこうもん)。 かつては多くの船がこの閘門を通って、伏見と大阪の間を行き来していました。現在は利用されていませんが、地域との関わりも深く歴史的にも貴重な施設です。 |
| |
|
伏見をとりまく河川
|
|
|
| |
| かつてこの地には淀川、木津川、桂川をはじめ、山科川、鴨川が集まった水を豊富に湛えた大きな湖がありました。しかし毎年のように水害に悩まされ昭和17年に干拓地として整備されます。月の桂で使われる酒米「祝」もこの干拓地の地下を豊富に流れる伏流水を汲み上げて無農薬で作られています。 |
| |
|
きめ細かな伏見の酒
|
|
|
| 灘は辛口の「男酒」と呼ばれますが、伏見の酒は「女酒」と呼ばれています。ほどよくきめの細やかな中硬水から造り出されるお酒は、仕込むとビロードようなゆったりとしたまるい味に仕上がります。 |
| |
|
|
 |
| 酒づくりの工程 |
|
祈り
|
|
|
新しい酒造りの最初に神棚の前で蔵人と一緒に手を合わせます。 神聖な蔵の中で新しいお米で酒造りをさせていただく報告をします。
酒造りは「祝いに始まり、祝いに終わる」と言われています。仕込みをする前、初添えのお祝い、初掲げの新酒のお祝いなど、祝いで始まり順繰りに祝いで終わっていきます。 |
| |
| |
|
小さな神々が宿る蔵の中
|
|
|
蔵の中には「家付き酵母」という菌が住みついています。 微生物、菌自体が蔵に中に息づく小さな神様です。
「蔵人(くらびと)と共に小さな神々も一緒にこれから酒造りを始めますので、どうぞよろしくお願いします。という気持ちで皆で手を合わせ酒造りの成功を祈ります。」 |
| |
|
精米
|
この蔵で使用する酒米は玄米から100%自家精米しています。お米を刈り終わるとすぐに福井県大野から「精米さん」が蔵に住み込み精米します。
最近は吟醸酒ブームで精米するパーセンテージが上がってきていますが、この蔵では精米しすぎず、米の旨さを生かした酒造りに挑戦しています。
次に精米された米の表面についた糠(ぬか)を洗い流す洗米(せんまい)をします。 |
| |
| |
|
浸漬(しんせき)
|
|
|
| |
| ここからは杜氏の仕事で酒造りの本筋を左右する蒸米が、上手く上がるように浸漬(しんせき)をします。米を水に漬け、吸水具合を見ながら水切りするという熟練の技です。
|
| |
|
蒸米(じょうまい)
|
|
|
| 朝の5時。冬の寒い時期、早朝の空気が一番綺麗なときに蔵の中で仕込みが始まります。前日に洗米された米を火にかけ甑(こしき)と呼ばれる蒸釜で蒸し上げます。蔵人は甑靴をはき、蒸米の上に上がり米を掘り出していきます。 |
| |
| |
| |
|
種麹(たねこうじ)
|
|
|
| 蒸米の一部(180kg)に種麹(たねこうじ)が撒かれ、麹室(こうじむろ)に運ばれます。
|
| |
|
麹造り
|
|
|
|
|
種麹がふられた蒸米は高温高湿(室温35℃くらい)の麹室に運ばれます。
床(とこ)に寝かせた麹を棚(たな)と呼ばれる箱に移し変え、麹菌が均一に繁殖するように、数時間おきに代司(だいしー杜氏の次の位)によって、箱の位置を入れ替えたり、盛り方を変えたりします。
このようにして三日目に麹菌が繁殖し真綿のような美しい麹が仕上がります。ここでの仕事を「仲仕事」と言います。
「一.麹 、二.もと、三.造り」と呼ばれるように、麹を作るのは最も重要な工程です。
|
| |
|
もと造り
|
|
|
|
完成した麹を酵母、水、蒸米と共にタンクに仕込み「酒母(しゅぼ)」を造ります。
酵母はここで栄養分(麹)を食べて増殖していきます。これが「もと(酒母)仕込み」といわれる工程で12〜13日かけて造られていきます。「いいもとが育てばいいお酒が育ってくれる。」と言われるほど重要な工程です。
熱くないか、寒すぎないか・・元気か、くたびれていないか・・・数時間ごとに見回ります。 |
| |
| |
|
仕込み・醗酵(はっこう)
|
|
|
| 「もと」の中に、麹、蒸米、伏見の水が入って醪(もろみ)になります。そして時間とともに醗酵(はっこう)が進みます。 |
| |
|
| |
|
|
|
|
|
泡がぷくぷくとたちます。
|
6日目くらいからお米の原形がなくなります。
|
|
|
| |
|
|
|
完成した「もと」の中に、仕込み水、麹、蒸米を4日かけて3回足していき「醪(もろみ)」をつくります。この工程を「三段仕込み」と言い、日本酒作りの基本とされています。
仕込みが終わったら約3週間、低温で時間をかけてじっくりと醗酵をさせます。
あらゆる作業のたびに、そのつど樽の中を混ぜる「櫂入れ(かいいれ)」が行われます。 |
| |
| |
|
初しぼり・新酒
|
|
|
|
初しぼりはとても緊張する瞬間です。
|
| |
|
|
|
| 普通、初しぼりは清酒ですが、月の桂では「にごり酒」をしぼります。清酒と醪(もろみ)を完全に分けてしまうのではない、独自の方法でしぼり、この美しい乳白色のにごり酒が生まれます。 |
| |
|
|
|
| また、普通はそのしぼった酒に「火入れ」と言われる加熱処理を施し微生物を殺して醗酵を止めて変質を防止するのですが、それをしない生酒のままなので、軽く泡立ったフルーティーな味わいになります。 |
| |
| |
|
|
酒林(さかばやし)
|
|
|
|
「しゅりん」とも呼ばれています。新酒が出来た日に緑の酒林が軒先に下げられます。
酒林は造り酒屋の看板です。酒林を作る習慣は元禄時代に始まったと言われており、茶筅のような形や丸い形をしたものがあります。お酒造りをする傍(かたわ)ら蔵人の手によって杉の葉で作られます。この蔵では醍醐三宝院の杉の枝を頂戴して作っています。その量2t車に1台分。
日本だけでなく、ヨーロッパにも杉の葉を戸の前に立て、新しい酒を祝う習慣があるようです。
|
|
|
 |
| 古酒 |
| |
|
|
|
20日あまりでできる新酒と両極端な古酒。
にごり酒を造り始めた年にこの蔵では純米吟醸酒を寝かせ始めました。一番古いもので38年の歳月がたち、古酒を持つ蔵として日本でも3本の指に入ります。
昔は寝かせる技術がなく長くストックすることが出来なかったそうですが、スペインのソレラ方式、シェリーを寝かす技術、ハンガリーのトカイワイン、そして中国の紹興酒(しょうこうしゅ)など家族がそれぞれ世界各国を回りその技術を学んでこられました。
この蔵では磁器の甕(かめ)に漆を塗った桐の栓を閉め、さらに上から和紙で封印し貯蔵しています。
古酒は「油のごとき酒」と言われ寝かせるほどに丸みのある琥珀色をおびた酒となります。
「どこまで寝かせるのが良いのか・・・できれば50年でも100年でも寝かせてあげられればと思っています。“天使の分け前”もあり毎年少しずつ減っているものもあります。
このように、酒を寝かせるという、体にやさしい味の伝統・・・日本酒のスローフードとでも言うのでしょうか・・が残っていけばいいなと思っています。」
数量限定ですが、誰もが購入できるのが「琥珀光(こはくひかり)」。これは10年もの。 |
| |
|
|
 |
| 思い
|
| |
|
酒米「祝(いわい)」の復活
|
|
|
|
京都産酒造好適米「祝」は平安建都千二百年(1994年)のイベントで復活させようということから再び生産が始まりました。
約1m50pある稲穂は粒が大きく国内でも最長と言われ、収量が少なく作りにくいのが問題で戦後の食料増産政策により、70年代には作られなくなり「幻の酒米」となります。
兵庫「山田錦」の親でもあり、由緒ある酒米で、酒造りに適し、高品質、京都のデリケートさがある酒米です。
この「祝」を試行錯誤しながら作っているのが、伏見の農家、山田豪男さんです。
「除草にはジャンボタニシを使っています。祝は堅いのでタニシにとったら雑草の若芽の方が美味しいのです。」と山田さん。
自分の作った無農薬栽培の酒米「祝」を使った酒造りをしてくれる酒蔵はないかと常々考えていた山田さんは、増田さんと出会います。正に「地産地消」のスピリッツを守り、地元で酒米を育て、その土地らしい酒、こだわりを持った地酒を造りたかったという増田さんとの思いが一致しました。
|
| |
|
|
|
| |
|
|
ネーミング
|
|
|
|
|
「お客様に楽しんで飲んでほしいからこだわりのあるネーミングにしています。味も大事だがその周辺も楽しんでもらいたい、と思っています。」
| 把和游(How are you?) |
大吟醸のお酒です。命名は團伊玖磨さん。これを飲むときには「Fine
thank you and you?」と言って飲んで欲しいとのこと。 |
| 抱腹絶倒(ほうふくぜっとう) |
度数の低い純米酒。すっきりした酸味と滑らかな丸み。ワインのような日本酒。 |
| 吃驚仰天(びっくりぎょうてん) |
度数が低い純米酒。発泡性の高いお酒。 |
| 天竺(てんじく) |
孫悟空の物語の中で「唐(から)を過ぎれば天竺だ」ということばがあるので、辛すぎる・・・とひっかけて、辛口のお酒です。 |
| 興味津々(きょうみしんしん) |
味を興味深く見てみよう、というお酒。 |
|
| |
|
| |
|
|
|
中村茂松杜氏は但馬から来ています。中学を上がってすぐに酒造りの道に入りました。
「自分の子供を育てるような考え方でしょっちゅう手をかけ朝から晩まで子守りをするような気持ちで酒を見ています。」 |
| |
| |
|
私自身がお客さん
|
|
|
|
「うちの酒造りは季節性です。新しいお米が出来て、仕込みにかかって・・というのを脈々とやってきたから、こだわるとか言うよりも、普通のことを、あたりまえにやっているだけです。普通に季節を大切にしながらやっている・・というのが本音です。」
「手作りの酒造りは、月の桂のスタイルです。酒造りりには先人の知恵がたくさんあります。“どうしてこんなことするんだろう?”って決して科学では解明されないものが、酒造りのなかにはあるように思います。
全てをデジタルに置き換えられるかというとそうではない。 そこに手作りの面白さがひそんでいると思います。」
「酒造りというのは微生物が毎日変わっていっていることなんです。
“科学は情熱にほかならず”という言葉がありますが、酒造りも情熱を傾けていないといいものにならない。日々こちらもチャレンジすることだと思っています。微生物が毎日変わっていっている・・それを見るのにこちらも変わっていかなければならない。そういう意味で“新しいことにチャレンジする”というのが私の座右の銘ですね。」
「私は99%が消費者で1%が造り手。自分自身が飲みたいお酒を一生造り続けたいと思っています。おいしいお酒を飲みたいから一緒になって造っているんです。私自身がお客さんの一人なのです。」
|
| |
| |
|
|
 |