深草うちは (京都市・小丸屋住井) 
伝統の風・心と心をつなぐ風・竹のしなやかさが生む風

 

《深草うちは》
江戸時代、当時竹薮の多かった深草の地で、やぶ蚊を追い払う為に地元の瑞光寺の元政上人によって 棗の実(なつめのみ)形のうちわを考案され、その元政上人と歌仲間で公家侍であった小丸屋住井家の先祖が、深草 の真竹を材として製造させ、誕生したものです。
地紙の表には、花鳥風月の絵が描かれていたそうで、裏は、無地で持つ人が自由に唄や名前をいれて 楽しめるように工夫され、多くの人々に愛されていたうちわです。
残念ながら、明治末期頃消滅してしまい、当時のものは現存しません。

《特長》
形は、やや縦長の棗の実形で、大切な人に風を送りやすいように作られています。。
骨組みは、竹の節目を中心に上部を細かく割き骨とし、下部を柄にする。 骨の太さも均等に細くそろえられ、柄と骨の竹片を分しないためとても丈夫です。 骨の全面、表には花鳥風月の絵・裏は無地の地紙が貼られています。





新深草うちはの誕生!伝統をふまえ、新しい現代的な色彩で・・・・・。

「深草うちは」 の復元にともなって、伝統である形状・製法は同一で、表面の図柄・構成に工夫がなされ、 金砂など鮮やかな色合いが加えられ、新しく誕生したのが“新深草うちは”です。
・現代の座敷に調和するもの。 龍谷大学名誉教授の宗政五十緒さんの提唱で、復元の一資料となった、 『拾遺都名所図解 』に色彩が 加えられたうちわです。
・舞台・舞踊用。  『都をどり』に合わせてデザインされたうちはです。
新たなファッションの1つとして、風流として、街に持ってでるのも楽しいのではないでしょうか・・・・・。   




小丸屋住井家の歩み

代々 「小丸屋善太郎」の名を継承してこられた。
   
四代目から  「住井」の姓を名乗られる。この頃より、 舞扇子・ 夏扇子の販売を始められる。
   
戦後 ・八代目 「住井正太郎」氏が、九州・四国・山陽・山陰 と、日本舞踊のお得意先を広げられる。      
   
今日に至り  「京丸うちわ」として祇園の芸妓さんや舞妓さんの名入りうちわの製造・販売。
京の「都をどり」・「鴨川おどり」・「京おどり」・各流派師匠の舞踊会等の小道具も扱われている。

 
昨春 深草うちはの復元・新深草うちはの誕生!
 
         



          
京丸うちわの製造工程

小丸屋住井さんでは、夏になると京都の花街のお茶屋さんがお客様に配る
「京丸うちわ」を製造されています。
今はその製造時期の真っ最中。

その様子を取材させていただきました。


作業中の小丸屋の皆さん。
左の手前がこちらの御主人、住井善治さん。

四国の丸亀で作られた骨。
一本の柄をさいて、骨を作っているため
とても丈夫です。
昔この小丸屋住井さんに修行に来られていた丸亀の職人さんが帰られて広められたので、うちわは丸亀で地場産業になったそうです。
「今では丸亀の職人さんに支えてもらっています。」と住井さんのご主人はおっしゃっておられます。

こちらは貼る紙。
それぞれのお茶屋さんからの注文で
すでに刷り上がっています。
前にあるのは糊を入れた容器。
そこにうちわの骨の部分をひたします。
ごみやささくれた部分を丁寧に取り除きます。
『はり』骨(竹)の感覚をそろえて貼り合わせます。
糊の塗り加減がポイントです。
『撫で』重要な工程。
はけで撫でおちつかせます。
指先で、しっかりと押さえます。
けっこう力がいる作業。
『干し』一昼夜干します。
天気に出来栄えが左右されます。
天気が悪いと竹のあくが出るため
気を使うそうです。
『かま切り』かま周りの余分なところを擦り落します。
落すのにはヤスリを使います。

『うち切り』かまの形に沿うように叩き落します。
左右対象にするのが難しいそうです。

落したあとをきれいに鋏で切ります。
へりに貼る紙。
色を染め、あらかじめ切ってあります。
糊を台に塗り、
へりに付ける紙を台の上にのせて
一本ずつ取っていきます。
へりを丸みに沿い、左右二本に分けて貼ります。
「住井製」と書いた柄巻(えまき)。
柄巻を貼ります。
色を染め、型抜きされた装束(しょうぞく)。
装束を貼ります。

『筋入れ』心を入れるという意味で
骨一本一本筋を入れます。
深い味わいが出てきます。
(本来は、かま切りの前に行なわれる工程ですが、
今回、取材のために実演して頂きました。)

筋入れ用の道具。

出来あがったうちわを納品するときに積む
『六方積み』。
先の丸みが内側に入るように、
六方向に積み重ねていきます。

配達時にうちわを傷めないように考えられています。

   ○工程の中で一番難しいのは糊の溶き加減、貼り具合で、乾いたときの形が違ってきます。
   ○作業を行う時期も、湿気が多いと竹のあくが出て、骨にかびが生じるため3〜6月上旬にかけて行われます。
       

  江戸時代から現代へ、現代から未来へ、心をつなぐ風になる小丸屋住井家のうちわ。

   「京都の人に京都を知ってもらいたい、受け継がれてきた京の伝統とその心に触れていただきたい。
   作り手として大切 に守り、発展させていきたい! 」
   という、小丸屋住井の御主人と、御夫人である住井啓子さんの強い思いと願いが『深草うちは』の復元と
   『新深草うちは』の誕生に至ったのではないのでしょうか。     
        
   これからも、思いやりの心で人に優しい風をおくる「うちわ」をいつまでも作り続けていかれることでしょう。     
                                               
                                                  


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