京の文化に育まれた雛人形
有職御雛人形司 大橋弌峰
(おおはし いっぽう)

やわらかな陽の光を感じるこの季節、
雛祭りは年中行事のなかでも最も美しく楽しい行事のひとつです。

また美しい一対のお雛様と呼ばれる人形は世界中でも日本だけのもの。

昔から代々の親が愛し子の幸せを願って、心をこめて飾られた雛人形・・・

今回はその雛人形について取材しました。

二代目大橋弌峰氏

京都の雛人形は分業で作られています。

それぞれの専門の職人さんが作ったものをまとめ完成へと導く
「人形司」大橋弌峰(いっぽう)さん
雛人形づくり を取材させていただきました。

仕事への姿勢

二代目大橋弌峰(いっぽう)さんは40年余の経験を持たれ、日本伝統工芸通産大臣認定工芸士、節句人形工芸士に認定される京人形界の代表的な人物です。

そんな大橋さんも、最初は同じ仕事の繰り返しである下仕事を20年間続けてこられました。

初代大橋弌峰氏から「胴、なぶったらいいで。(胴の仕事をしてもいいよ)」と言われたときの喜びは忘れられない、とのこと。

「基礎をきちんとしてこそ仕上がりが綺麗にできる。仕上がりでごまかすことは一番いけないこと。」と常に厳しい姿勢で仕事に打ち込まれています。

初代大橋弌峰氏は、何も弟子に教えないたいへんな職人気質の人でした。
「そやから、盗め盗めと思うて仕事をしてきました。」と当代の大橋さんは言われます。

今もお弟子さんたちには、自分で経験し難しさを知り、失敗しないと身には付かない、と言っておられますが、迷うよりもちょっと教える方が早く進むだろう・・・という思いからポイントはアドバイスをされているそうです。

人形司 大橋弌峰
京都の雛人形は完全な分業で作られています。
京都には昔から御所があったため、良い職人が集まっていました。

分業は頭師(かしらし)・結髪する髪付師・手足師・小道具師と分かれています。

一般には大橋さんの仕事は着付師と言われるそうですが、ただ着付けをするだけでなく、胴も独自で作り、多くの職人の手によって作られたものを、すべて集約して一つの人形を作り上げていくという意味で、「司」の字をあて人形司と呼ばれています。

現在このようなそれぞれの「師」と呼ばれる職人さんも少なくなり、京都でも現在、頭師3軒、髪付師3軒、手足師2軒、小道具師は1軒だけだということです。
小道具など特殊なものは、大橋さんの工房で作られることも多いということです。
男仕立て
雛人形は「男仕立て」の言葉とおり、衣裳製作の大半は男性の手によっておこなわれます。
精緻な仕立て上がりをするためには、たいへんな力がいるからです。
大橋弌峰の雛 <蛤袖>

                大橋さんが作る雛人形は「蛤袖」という、蛤のように
                豊かなふくらみを見せる袖口 が特徴です。
                見て姿がきれい、形崩れがしないようにと細心に
                気づかわれる、その仕事の自信が現れた雛人形
                です。





大橋弌峰の雛人形づくり

京の文化が生み出した、優美な雛人形が出来上げるまでの工程をどうぞお楽しみください。

雛人形は一般に藁胴を使用します。藁胴の場合、このような長い首を持つ頭でも、微妙な角度によってお人形の表情を付けることが出来るからです。
変わり雛(立ち雛やおぼこ雛など)など短い首の頭の場合は木胴が使用されます。このように首軸によって胴の使い分けをします。

生地に貼る和紙を裁断します。人形作りの第一歩は、裏打ちに必要な和紙の裁断から始まります。これだけのパーツ(約136型)がいるということをここで憶えていきます。

先代より伝わる寸法帳によって裁断されます。年々修正を加えよりよい衣裳のバランスを作りだしていきます。

             和紙に付ける糊はオリジナルに作ったものを使用
              します。 お米の粉を ひいてもらい独特の方法で
              粘りっ気が出るように炊き上げます。
             へらも使い易いように、竹の肉の厚さを調整しながら
             ご自分で作られるそうです。

         「市販の糊やと『さくい(あらい・粘り気がない)』 んですわ。」
膠(にかわ)は動物の皮や骨を煮詰めたものです。物を接着させるのに、湯せんで温めて溶かして使用します。膠の特性は弾力性に富み速乾性があり、修復する際、綺麗にはがしやすく、十二単のように何度でも付ける必要のあるときには濃度を薄くして使用するなど、接着剤にはない利点がたくさんあります。 膠の粒が溶けたところです。
ふっと息を吹きかけて、上が白く固まったら
「もう使うてもええ、いう合図ですわ。」

裁断した和紙に糊を付けていきます。なんでもない作業のようですが、付ける幅、付け加減など熟練の技が必要となります。

柄の出方を考えて糊付けされた和紙を生地に裏打ちしていきます。これは生地に張りを持たせる為です。

襟のパーツに糊付けをしていきます。

「ようけ付けすぎると固うなってしもて・・・慣れんとなかなか難しいもんですわ。」

生地と生地を貼り合わせます。このような細かなパーツは内職に出しているところが多い中、大橋さんのところでは全て内部で作られます。

短くしたり、長くしたりと常にバランスを見なが美しい姿となるよう追求されていきます。
女雛の衣裳を五厘(約3ミリ)ずつずらせて襲(かさ)ねていきます。

ここでは「紅梅匂(こうばいのにほい)」という、上は「表紅梅」で濃く、下を「裏淡紅梅」で薄くしていく襲色目がされています。
同じ幅でずらせて襲ねていくのが大橋さんの雛人形の綺麗さです。
衣裳は柔らかさを出す為に正絹を使用します。

図柄を考え西陣の織屋に注文されます。
パステル調の色調が流行ったり、着物で大正ロマンが流行したときには、衣裳にもその色目が反映されたこともあったそうが、そういうものはすぐに消えてなくなるようです。

「 やっぱり昔からの色目がええですな。」

            「どんな人形にするのか。」というのが大橋氏の仕事。
             それぞれの道具にも繊細な注文が出され ます。

              「ちょっと手ぇの表情はこうしてや・・・」
            道具屋さんから上がってきた手の爪の部分に 薄い
             ピンク をさします。




<男雛> 着付け

衣裳を胴に着付けていきます。袖に腕を通しているところです。
小道具も付けられ着付けができたところで、肩や胸の肉付けなどを確認します。
腕の角度によって人形の良し悪しが決まる腕折(かいなおり)。着付けの中でも、衿付けとこの腕折りがもっとも難しいといわれています。
一度に角度を決めてしまっては元に戻らない為、少しずつ角度を見ながら合わせていきます。衣裳の着くずれがないかも確認していきます。



<女雛> 着付け

衣裳を胴に着付け、姿に柔らかみが出るように肉付けをしていきます。
腕折りともう一つ、もっとも難しいとされる衿付けです。ただ綺麗に揃っているだけでなく柔らかみも表現されなければなりません。
手を付けます。女雛の場合は男雛よりもあまり手首が見えないようにします。 雛人形の難しさは左右対称であることです。腕折をする前に入念に着付けの確認を行います。
着くずれしないように衣裳を固定しながら、腕折をしていきます。

雛は雛らしく自然体の姿を作るのが難しい。」少しずつ角度を確認しながら姿を作っていきます。やり直しのきかない大事な作業です。

手描きの裳袴(もはかま)が付けられます。

やさしいまなざしで出来上がりの女雛を見つめられる大橋さん。
「仕事をしているときが一番楽しいです」



お雛さまに託す思い
「こういうものをお母さんと子供さんが一緒に飾ったり、しもたり(片付けたり)するのが雛祭りのええとこですね。」と大橋さん。

雛人形を作って多くの方々との出会いもあったといいます。
「還暦のお祝いに子達がお金を出し合って、お母さんにお雛さんをプレゼントしはったこともあります。」

「お孫さんの初節供に買いに来はって『私用にも・・・。』言うて買っていかはるおばあさんもいはりました。」

「お客さんに『きれいやねぇ。』『大事にするえ。』そう言っていただくのが一番嬉しいです。
それを励みに形ではなく姿を作っていこうと思てます。」

「職人はだいたい10年ぐらいすれば形くらいは出来る。」とのこと。 それからは自分の研究と感性が必要。いろいろなものを見て目を肥やす努力を常に怠ることなく続けることが必要だとのこと・・・「一生研究や・・・」。

「わたしら職人は物に対して魂を入れると言われてますが・・・ 魂を入れるほど一生懸命努力はするけれど、魂は飾っていただくみなさんが自分の魂を入れて大事にしてほしい・・そう思てます。」

「春が来たんやなぁ・・と季節感というものをお雛様を通して味わってもろて、なにかを感じとってもらえれば・・・。」
大橋さんの、お雛さまを見つめられるやさしいまなざしが印象的でした。

「今年も無事にお雛さまをお飾りできることが何よりの幸せ。」という気持ちを思い出すことのできる一日でした。


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