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《「にほんのこころ」は平成14年から15年にかけて取材させていただきました 》

扇子はあおぐ道具と思われますが、能の扇には全く違った意味があります。その美しい意匠と色彩は、能の中で様々な役割を持っています。元禄16年の創業以来、能狂言各流派の扇を作りつづける十松屋福井さんを訪ねました。


扇の歴史  
   

日本にある工芸品は中国や朝鮮から渡ってきたものが多く、日本人は真似をするのが上手いとも言われていますが、扇に関しては日本のオリジナルです。 要(かなめ)を中心として、閉じたり広げたりすることができる、日本の大発明品です。

これが、中国からヨーロッパに広がります。例えばレースがたくさん使われて、ざぁっと広がるスペイン舞踊の扇子も含めて日本の扇が原点となって世界に流布しました。

当初、日本では「片貼り」といって骨に対して片面だけ紙を張る扇子だったのですが(写真)、これが中国に渡り、 骨に両面から紙をはる扇子が発明され、また日本に戻ってきます。
これを日本でさらに、紙の隙間(すきま)に骨組みを差し込む「中ざし」「さし骨」の形式になります。

また、日本では両面貼りの扇子は「末広形(すえひろがた)」と言って、閉じたときに先が広がったものが室町時代に出てきます。いわば、室町時代の新製品です。

こうして、もともとあった閉じることの出来る「鎮(しず)め折り扇」と「末広形の扇」 が、その頃生まれた「能」と出会って、使われるようになりました。

かつては京都にも扇を作っているところがたくさんあり、町名にも扇の名前が残っています。

 
十松屋福井の歴史
創業元禄16年。あの忠臣蔵、赤穂浪士の討ち入りの次の年です。それから約300年、扇を作り続けています。
 
日本と西洋の扇  
   
日本の扇は扇面に沿って水平線を描く
西洋の扇は絶対的な水平線を描く

 

 

 

 

日本では、パチンと閉じる扇が良い扇とされています。要(かなめ)がかたく、広げたり閉じたりすることができます。
西洋では逆に、要はざくっとしていて、ざーっと 広がるのが良い扇です。

また、デザインも日本の扇は扇面に沿って水平線を描きますが 、西洋では骨数も多く、要のところまでをひとつのキャンバスにし、また水平線も絶対的な真横に描きます。

同じ扇でも日本と西洋では基本の考え方が違うのです。

 
扇子の種類
   
夏扇
茶扇

暑い季節に使う扇子です。扇いで涼をとるためのものです。

 

茶の湯のときに使う扇子です。常に閉じた状態で使い、お辞儀をするときに、何かを拝見するときに、膝の前に置いて使います。

 
舞扇
能の扇

日本舞踊などで使われる扇です。

 

能狂言で使われる扇です。

 

今では様々な種類があり専用の役割がありますが、かつては一つの種類だけでした。
約30cmの長さで、骨も10本でした。これが使う場所によって、舞の扇になったり、お茶の扇になったり ・・・
やがて江戸時代になってから専門の扇が出来てきます。

扇の各部名称
 
 
 
能に使われる扇
能ではシテ方、ワキ方、地謡方、囃子方、後見方・・・などすべての人が必ず扇を携えて舞台に臨みます。
   
舞台上での役割
   
鎮扇(しずめおうぎ)
中啓(ちゅうけい)
仕舞の時や地謡、囃子方、後見などが持つ扇です。
畳んだときに、先がすぼまったパチンと閉じる形です。
観世流は1尺1寸。他流は1尺5分、扇骨は10本です。仕舞扇は各流儀できまりがあり、細部の形状が異なります。
普通の扇に比べて大きく感じますが、昔はこれが普通の大きさでした。
 
主にシテ方が使う扇です。
中啓とは中くらいに開くという意味。
畳んだ状態で先が広がっている形で、本来「末広」とはこの形を指します。
扇骨は15本。通常は1尺1寸5分。「翁扇」をはじめ「神扇」「鬘扇」「修羅扇」「鬼扇」など、役柄によって絵柄や色調、骨色などが決まってきます。
また季節や役の性格によって選択される場合もあり、その種類は百数十にも及びます。
 
   
 
諸流派の職能と役柄
 
能五流

能の役割にはシテ方、ワキ方、囃子方、狂言方などがありますがそれぞれ専業の流派に分かれています。
ここでは主役などを演じるシテ方五流派の説明と各流派の仕舞の時に使う「鎮扇(しずめおうぎ)」の説明を致します。

 
観世流
宝生流
繊細で優美な芸風を持つ観世流は五流派の中でも、最大の勢力を持っています。
扇は白地に三段水巻、いわゆる「観世水(かんぜすい)」が特徴。扇骨の顔は丸みを帯びてふくらんでいます。
また、親骨には三つ彫りが入っています。
 
堅実で重厚な芸風の宝生流。
宝生五雲と呼ばれる白地に5つの雲形です。緘尻(とじり)が丸く内側へまいた比較的地味な形になっています。
 
   
金春流
金剛流
もっとも古い歴史を持つ金春流は古風で雅な芸風を継承しています。
五星とよばれる白地に5つの丸紋が特徴です。扇骨の顔はまっすぐで自然な形をしています。
 
「舞金剛」といわれる金剛流は型と演出の見事さで知られています。
つながって流れる「金剛雲」や「九曜星」とよばれる柄が特徴です。扇骨は緘尻(とじり)の部分が横に張り出し、華やかなつくりです。
 
   
喜多流
喜多流は将軍のお声がかりで江戸初期に生まれた一番新しい流派。
素朴さ気合の鋭さを旨とする武士道的芸風を持っています。三つの雲がきまり模様。
扇骨の顔の断面が丸く、かまぼこ形に切ってあります。
 
   
中啓(ちゅうけい)の種類  
能の分類は基本的に5種類に大別されます。
それを略して「神・男・女・狂・鬼(しん・なん・にょ・きょう・き」と呼び、一日の能はこの順番で上演されていました。(現在ではすべて上演されるのではなく適宜上演されています)
能の曲目
 
   
扇はその役によって細かな約束事があります。ここではそのシテ方が使う中啓をご紹介いたします。
   
   
神扇
修羅(しゅら)扇
神能(初番目物・脇能とも言います)に使われる扇です。
神体を主人公とする能で、天下泰平や五穀豊穣を祈願する曲に使われます。 扇の骨は白骨で、上両端に紅が入る「妻紅(つまべに)」がきまりです。 若い男性の場合も用います。
 
修羅物(二番目物・男物とも言われます)に使われる扇です。
生前の戦の罪によって、死後、修羅道に落ちた源平の武将の霊が主人公の能です。(「田村」の坂上田村麻呂と「巴」の巴御前を除く) 波頭に入り日。通常、男の役柄には黒骨を用いませんが、源平の武将には軍扇を表す意味で黒骨を使います。
 
   
鬘(かづら)扇
鬘物(三番目物・女能ともいいます)に使われる扇です。
ほとんどが女性を主人公とする優艶無比の能で、番組の中心となります。
若い女性に使われるため上両端に紅の入る「妻紅(つまべに)」になり、「紅入鬘扇(いろいりかずらおうぎ)」と言います。
また女性の役柄には黒骨を使います。
   
狂女扇
鬼扇
狂女物(四番目物・雑能ともいいます)に使われる扇です。
他のいずれにも属さないすべての曲がここに入ります。
狂女物はその代表で、子供や夫を捜し求める中年の女性の役柄が多いため、華やかさを抑えた紺系統の色を施します。
また、女性の役柄は黒骨を使います。
 
鬼畜物(五番目物・切能ともいわれます)に使われる扇です。
一日のフィナーレにふさわしい豪快で見た目に面白い能です。
鬼、天狗、妖精などが主人公です。
この扇は鬼神が好むといわれる牡丹が描かれています。
 

能の扇の役割  金剛流能楽師職分 種田道一さん

扇は能の出演者にとっては、武士の刀のようなものです。常に身体につけておくか、身の回りに置おきます。
また、演者は様々な意味を扇によって表現します。以下はその中の抜粋です。 そぎ落とした美しい型になっています。

写真はそれぞれ流れるような所作の一部分です。

   
カザシ扇
雲扇

遠くを見はるかす時の所作。

 

雲を眺める様子。

 
月扇
枕扇

月を眺める様子。視線の先に月があります。

 

扇を枕に見立てて眠る様子。

 
   
幽見(ゆうけん)
晴れ晴れとした気持ちを表現。下から上に扇を上げます。
   
太刀(たち)と楯(たて)
二本の扇を使います。最初は腰に一本を差し、それを抜いて振り下ろす、という勢いのある動きです。
   
扇作りの工程  
扇作りは完全な分業です。
十松屋福井さんの仕事は、扇を使う演者の注文を聞いて、どんな扇にするのかを考えるプロデューサーの役割です。どんな扇にするのかが決まったら職人さんにそれぞれ伝えて、扇の形にするのです。

多くの工程がありますがここではその一部をご紹介いたします。
 
扇骨(せんこつ) 渕田政行さん

 

 

 

 
滋賀県安曇川(あどがわ)町。琵琶湖湖畔のこの町は、昔から扇骨作りが盛んです。
渕田政行さんは十松屋福井さんの扇骨を手がけています。

扇の骨は「真竹」を使います。骨だけで約30工程もあります。
竹を決まった長さに切り(胴切)、扇骨の幅に切り揃え(割竹)、薄くスライスし(せん引き)、要を通す穴を開け(目もみ)、扇骨の形に仕上げて行きます。
   
   
写真は「あてつけ」と呼ばれる成形の工程。親骨70本を鉄串に刺して板のようにし、独特の包丁で削って行きます。
思い通りの形に作る、職人技のひとつです。

このあと何度かに分けて磨いたり、天日に干したり彫りや染の加工をして要(かなめ)で一組ずつまとめます。
 
安曇川町のあちらこちらに、このような扇骨を干す様子が見られます。 また扇の意匠もいろいろなところに使われています。
   
   
上絵(うわえ) 菊井伯幸さん

 

 

 

 
扇の加飾加工には、和紙の地紙(じがみ)に金銀の箔押し、上絵、型紙や版木を使い摺ることに分かれますが、この写真は一点物の上絵を描いています。
岩絵の具を使い、繊細な筆使いで勢いのある線を描いていきます。当然、扇の折の山と谷を意識しながら描いて行きます。
人物の顔の部分が折り目と重なってはいけません。
菊井伯幸さんは、その全てを考えて絵を描きます。
 
   
折加工 小林貞夫さん
加飾が終わると折り加工です。
扇面の加飾を傷つけないように、扇面は湿った布でじっくり一晩湿気をふくませて柔らかくします。

   
それを折り型に挟んで、端からたぐり寄せるようにして折っていきます。折り目には絵の人物の顔がかかってはいけません。 それをはずして折るのも職人技。

この折り型は何種類もあります。
   
   
   
そのあと、余白を切り落とす「端打ち(はたうち)」をします。
 
   
そして、折った紙を揃える「仮りぜき」をして、乾燥。
それから竹の串を、地紙に差し込んで中骨の通り道を作る「中差し」をします。
   
 
仕上げ 地吹き・中付け
京都府伝統産業優秀技術者 福井四郎さん
竹の扇骨と折った地紙が合体する最終段階です。
折られた地紙を乾燥させて、中骨を通しやすいように息を吹き込む「地吹き」をします。
   
 
 
そこに糊をひいた中骨を差し込みます。隙間の中央の正確な位置に手早く差し込む技は見事です。
   
   
親骨を付けます。鎮(しずめ)扇は内側に、中啓は閉じた状態でも先端が広がるように外側に骨をまげなければなりません。
電熱器で温めて骨を反らせます。
手と指だけで曲げくせを付ける作業、これを「親タメ」と言います。
   
   
鎮扇はこのあと万力(まんりき)にかけてしっかりと折りをつけます。
   
   
 
 
糊(のり)を親骨につけて地紙にはります。
   
   
最後に形を整えて、出来上がりです。閉じるときに、パチン と金属的な音がするものが良い扇とされています。
   
思い
使う人の一部
福井四郎さんは、扇の仕上げを永年続けてこられました。
「 使う人の手指の先まで、その人の血が流れているかのような、何の違和感もないような扇を作りたいと思っています。それが十松屋の扇です。 」
 
家の好み

「うちの扇は作って2〜3代は使っていただけるものです。子どもさん、お孫さん・・・と使われるうちにだんだんと全体の装束となじんできて、より豊な使い方ができます。そんなふうに大事にされているお扇子というものを作らせて頂いているということに感謝し、ありがたいなぁと思って仕事とさせていただいています。」

「扇は仕組みの工芸です。贈答にもでき、飾りにもでき、舞にも使える。多彩な使い方ができるのです。京都の持っているデザイン力で、使う人の奥深さに出会うことで、新しい扇の使い方が考えられるんじゃないかと思います。使われる方のアドバイスで、新しい使い方を考えるものづくりができれば、と思っています。」

「私はどこにも就職せずに自分の家の仕事しか知りません。でもその家の仕事を代々させていただいていることに感謝しています。」

「それぞれの家が持っている家の好みを大事にしなきゃならんと思っています。たとえば、使われる色目。様々な色がありますが、そこの家族で、この色はええ色やなぁ・・・とかこんな色はかなんなぁ・・・とか、そういった日常の会話の中で、色の好みは決まってくると思います。 家の仕事としてさせていただいているのは、本当にありがたいなぁと思っています。」

 

   

烏丸三条 十松屋福井
〒604-81721京都市中京区烏丸通三条上る
TEL 075−221-2540 FAX 075−221-2602

 
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