兄がひとりいる。

 僕が弟で、つまるところ兄弟は二人なのである。いつも思うことなのだが・・・・・・兄弟というのは不思議な存在だ。

 本人の思惑とは別に他人様から見れば、雰囲気は何だかよく似ているらしい。同じ親から生まれたのだから当然とはいえ、実際は随分と違うところも多い。
 
 その違いを一般的に言えばまず血液型であろう。兄はA型で僕はB型―A型は繊細で神経質といわれる通り、兄は神経質な方である。
 
 今はわからないが、昔は寝るときにカーテンをきちっと締め、その上アイマスクをかけるという念の入れ方であった。当然のことながら物音や気配などにも敏感で、ささいな音にもよく反応し、目を覚ましていた。
 
 それに比べてB型の僕の方はいったん寝たら起きない―ある時には近所で起こった火災にも気付かず朝まで眠り続けたことがあった。
 
 兄はまた、きっちりした性格だから雑然としていることが気に入らない。書斎をのぞいてみると、仕事の書類から趣味のジャズ、写真、ドイツ文学や心理学にいたるまで実に整理整頓が行き届いていて驚かされる。
 
 このあたりはまさに亡くなった母ゆずりであるのかもしれない。

 

  そしてもっとも対照的なところといえば、兄は上戸であり僕は下戸であるという点だろうか・・・・・・。不思議なことに一族一党を見廻してみてもいわゆる下戸という人はみあたらない。なぜかしら・・・・・・僕だけが唯一のハズレくじに当ってしまったようだ。

 兄は酒を愛し、また酒と共にある時間を愛している。

 その上、近頃は特に酒を楽しむ場所についても若いころとは違うこだわりが見える。おねえちゃんのいるような店はダメで、静謐(せいひつ)でひとりでもぶらりと入れる店を好む。

 だから祇園にある「サンボア」や古風な「元禄」は兄の大切なとまり木となっている。

 思いのほか宴会が早々と切り上がればしめたもので、それからが兄の最も心ときめかす時間となる。あてもなくふらりとネオンの街をさすらいながら自分の好みにあいそうな店を物色する。

 けれども“男の酒場”を探す嗅覚にほとんど狂いはない。ひっそりとしたたたずまいやうすぐらい狭さはむしろ好都合で、マスターとの話が合えばそれはそれでまた好ましい。

 そして、良い音楽にしばし身をゆだね、静かにグラスを傾ける。

 下戸の身の上としては―こんな大人の世界あこがれはあるものの・・・・・・とうてい身体がもたない。うらやましい限りなのである。


 酒もさることながら、子どものころを思い出すとまた好対照が浮かび上がる。

 僕は今もって甘党だが、ケーキにミルクというのが最も好ましいお三時であった。兄はといえば辛党で、せんべいやあられがあれば大満足。茶をすすりながら本を読み耽っていた。

 そんな兄をみて「ずいぶんおじさんくさいなあ」とは思っていたが、結果、好みの差は体型にもあらわれ、僕は肥満児通知をもらうほどに成長し、兄はやせっぽっちのままだった。

 そんな兄のとりわけのお気に入りは、寺町二条にある舩はし屋の“浮きあられ”であったと記憶する。この “浮きあられ”はどういう製法でつくられているのかは、定かではないが、味の方はシンプルなしょうゆ味である。

 “浮き”とはよく言ったもので、 重みというものが感じられない。ひと口で食べられる食感はさくさくと極めて軽く、まるで淡雪のようだ。

 軽すぎるため、ついついいつも食べすぎてしまうのがタマニキズであろう。

 僕たちはこの、風が吹けば飛んでいくほど軽いあられを “ふわふわ”と呼んでいた。今でもこの呼び名の方が、そのものを表しているような気がしてならない。

 東京あたりのがっしりとした草加せんべいもうまいけれども、はかなげな風合いはいかにも京都らしい。

 兄が好きであったかどうかは思い出せないが、これに類したせんべいに東京の逸品会という店の“羽衣”がある。

 上品なしょうゆ味と軽さが“ふわふわ”との共通点だが、ていねいにうすく仕上げられた姿は天女が身にまとう羽衣そのもので、まことに良い命名でもある。

 うす味のしょうゆせんべいといえば、このほかにも実は自家製(?)のものもある。自家製とはいえ、昔からある近所の“たんりきや”という菓子屋に発注しているから、純粋な自家製ではない。

 これなどは正月の鏡餅をせんべいにしてもらうわけだが、うすやきのシンプルな味わいは、餅そのものの良さもあるからだろうか―まったく飽きがこない。

 複雑で“凝った”お菓子の多い昨今だが、どうも近頃はこうしたシンプルな味わいに心ひかれる。人は結局慣れ親しんだ味に帰る―というけれど・・・・・・。

 けれども本当のところは少し年をとった―ということをそろそろ自覚すべきなのかもしれない。

味の手帖 2002年10月掲載