十一月の声を聞く頃、茶家は炉開きの季節を迎える。
去りゆく秋にこと寄せながらしみじみと語り合った、あの風炉の名残はもうきれいさっぱりと―どこにも見あたらない。
むしろ来たるべき冬への深い思い入れは去年今年のつらなりのようでもあり、それゆえ、“炉開き”は茶人にとっての「正月」と呼ばれている。
けれども炉を開く楽しみが冬の醍醐味―というとやや専門的すぎるかもしれない。むしろ一般的には「囲炉裏を囲む楽しみ」―と伝えたほうが冬らしい。
火を囲み暖をとりながら飲食を共にする―という風景は、けれども近頃は珍しいものとなってしまった。とはいえ、なぜだかこうした状況設定は人をより親密にさせるようだ。
そして即物的な暖かさに加え、利休の教えのようにいかにも冬は暖かな心配りが加わればふれあいはより深いものとなる。茶庭にも敷松葉が施され、冬の日差しが落ち着いてくる十一月十九日、千家では例年の如く三代目でわび茶を徹底した宗旦の遺徳を偲び月忌が営まれる。
現在今日庵には、この宗旦が手植えしたと伝えられる銀杏の木が家の守り神として、またシンボルとして堂々たる威容を保っている。
かつて近辺を火災が襲った時、突如この銀杏が水を吹いて火を防いだ―といわれるありがたい銀杏の木は、宗旦忌の頃にいつも見事に多くの実(みのり)をつけるのである。
そして宗旦忌に来られる多くの方々には、この銀杏の実で作った“ぎんなんもち”が必ずふるまわれる。
たしか富安風生の句であったろうか・・・・・・「喜べばしきりに落つる木の実かな」のたとえの如く、まさに例年のふるまいに―欠かすことないこの銀杏の実りは、四百年にわたる宗旦の喜びであり、また宗旦の心入れであるのかもしれない。
炉の季節、茶味は日に日に深まっていくが、の煮える音に耳を傾けてみることも、またこの時期の楽しみのひとつである。
ひと口に釜の煮えといっても朝夕の寒さ、釜の形、炭の巧拙などによってその音色は高く低く、また太く細く微妙に異なってくるのである。
こうした釜の煮える音を茶人たちは松風と呼ぶが、大胆にもこれを菓名につけたシンプルでわびた菓子があることを御存知であろうか?
御存知ない方は日本風カステラのイメージをもってもらうとよい。味の中心は味噌で、だいたい白ごまか黒ごまがあしらわれ、そして大徳寺納豆で独特の風味をつける。
何のケレン味もないお菓子であるため、茶味というよりはむしろ“禅味”とういべき菓子であるかもしれない。
ぼくはこの味噌松風というお菓子が、子供の頃より大好物であった。そしてとりわけのごひいきは松屋常盤のものである。
ここの松風は、ほかの松風に比べてどこよりもむっちりとした食感が特色である。また少しこげた―風味の味噌もねちっとしており、味わいが深かった。松風本体ももちろんうまいのだが、ヘタといわれる―わずかにできる切り落とした端っぽにこそ味覚の王道がある。

先代の松屋の主人はたいそう酒好きであったようだが、この松風に限らずどんな菓子を作らせてもまたみごとな腕前であった。どうやら酒飲みは思いのほか菓子作りもうまいようだ。
その先代の主人はぼくが松風のヘタをとりわけ好んでいたことを知っていたらしい。気が向くと時折“お子達用”とそっ気ない字を書きつけた紙箱が届くのであった。その中にはなんともうれしい松風のヘタが詰まっていたものだった。
残念なことに近頃は製造方法を合理的に変えたらしく、先代の頃のようなむっちり感も、松風のヘタもすっかりなくなってしまった。
松風はこの松屋以外にも、大徳寺の近くの松屋藤兵衛、本願寺の前にある亀屋陸奥などがあり、同じようではあるが、それこそ釜の煮え音のように微妙に味わいが違う。だから好みについては、自らの舌でお試しいただきたい。
けれどもまた、これらの松風とは違い少し特殊な松風が萩にある。
今田清進堂という店のものだが、ふんわりとした風合いを隠し味的に利いている山椒の風味が絶妙で、地味ながら、鄙には稀な味わいといえるだろう。萩にありながら、大徳寺松風を名乗っているのはいささか不思議だが、ともかく味に文句のつけようはない。近頃大好きな松風のひとつだが、なんでも、ここの親方は職人カタギのカタマリの人らしくいつも品物が揃っているわけではないようだ。
困ったものだがそれを「気まぐれ」と呼び捨ててしまうのは少しもったいない気がする。というのも数ある菓子の中で職人カタギ、あるいは気まぐれにつくる対象に松風ほどふさわしい菓子はないからだ。
平均的な味、合理的な味を求めた松風は、なにしろうまくない。松風に関していえば・・・・・・ヘタの味わいにも力を入れるような気まぐれな天才職人が今後もあらわれてくれることを祈るばかりだ。
つまるところ・・・・・・松風という菓子の個性が、そんなところにあるということだろう。そう思うと・・・・・・松風はかなりのクセモノの菓子で、禅問答のような存在と呼ぶべきかもしれない。
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