仕事柄というべきであろうか。人と出会う機会が極めて多い。 それ故にお手みやげ、差し入れ等の品々に頭を悩ますこともままある。
とはいえ、そんな事はどうでも良いことだ―といわれる方もおられることだろう。けれども同じお金で遣い物に心を託すのであれば、やはり自信をもってお届け出来るものを選びたいと思う。お手みやげひとつとはいえ、そこには自分のセンスやテイストがあらわれる、いわば自分の分身のようなものであるから、やはり適当では済まされない。

ぼくの品選びのポイントは、気がきいて「おいしい!」ということだ。そして「おいしい!」という基準はもちろん自分自身の舌にあることは言うまでもない。と、ここまで書くと、ぼくの事を随分とこだわりをもったグルメに違いない!と想像されることであろう・・・・。
ところが実は、こだわり派でもグルメ派でもない。強いて言うならば、自分がうれしかった味を身近な人にも味わってもらいたい!という少しワガママなサービス精神の持ち主というべきかもしれない。
冷静に我が身を振り返ってみると、こうした性格は天性であると同時に、ぼくの生まれ育った環境を抜きに語れないだろう。
ぼくの生まれ育った家は誠に人の出入りの多い家である。出入りをされる方々は来客あり、お弟子さんありと様々だが、そのほとんどがお手みやげを持参される。それも家元に食べていただきたいという思いを重ねに重ねた吟味であろうから、おいしくない訳がない。お陰で居ながらにして全国の銘品銘菓を口にすることが出来た。そんな訳で少年時代には肥満通知をもらって来る程に成長を遂げたのである。
さすがにあきれたのか、母からは「これ以上太ったら両国ネ!」と冷やかされたこともしばしばであった。
誠に有難い境遇とはいえ、お手みやげや差し入れは、いただくばかりでは済まされない―というのもまた世の常というべきであろう。
だからよく祖母や母が先方の状況を考えながら「アレが良いか?コレが良いか?」と品定めに頭を悩ませていた姿が記憶に残っている。おそらく、そんな記憶が、「あげたがり」のぼくの性格をつくりあげたに違いない。
さて、そろそろそんな太っちょの少年が出会った最高のお手みやげについて書こうと思う。


そのお手みやげの存在は不惑を少し超えた今でも、ぼくの中にゆるぎなく君臨している。
村上開新堂のケーキは、いわゆるプチケーキといわれる分類に入るものであろう。しかし申し訳ないが、そんじょそこらのプチケーキとは一緒にしてほしくない。なにせパッケージからしてモノが違う。
開新堂のパッケージは何のてらいもないが、独特の風格というべきものがある。古風でありながらモダンなテイストは店の名前と重なって、大正から昭和にかけてのハイカラな東京を想起させてくれるようだ。
はやる心を抑えながら丁寧な包装紙を解き、白い箱の蓋を開ける時が、又楽しみの瞬間なのである。宝石箱をのぞき見するように、そっと蓋を開けると、漂ってくる甘い香りに鼻が先ず喜びを覚える。
そして箱の中に潜んでいる可愛いお菓子たちと出会う時こそ、目に幸せがおとずれるのだ。箱の中には十二、三種類のお菓子が行儀よく並んでいる。その一つ一つは決してケレン味はないけれど、いずれも丁寧な仕事を施されていることがひと目でわかる。芸術品と呼ぶべきであろうか、すぐにそのお菓子たちに手をつけることをためらう程である。
けれども次の瞬間に生まれてくる「アレモ食ベタイ、コレモ食ベタイ……」という衝動は隠しきれない。少年の頃……そんな気持ちを察してくれた祖母や母が「好きなのだけおあがりなさい」と言ってくれた時のウレシサといったらなかった。今でこそ(太りすぎに注意をしている為)ほんの一つか二つをつまむだけで我慢しているのだが……。
だから子供たちに「好きなだけおあがりよ」とすすめるのは今度はぼくの役目となってしまった。残念なことである。大人とは本当に淋しい存在なのだ。
重ねて残念なことに、永年に渡って家元に開新堂のケーキを届けつづけてくれた東京のKさんも今は亡く、開新堂のケーキをいただく機会はほとんどなくなってしまった。それでも、むしょうに食べたくなる時もあり、そんな時はこっそり注文してみる。
さすがに自分の欲求にまかせる――というのも気がひけるので、どなたかへ差し上げる口実を探している、というのが実態なのである。
さて、またそろそろ開新堂が恋しくなってきた。今度はどちらのお宅へお届けすることにしようか?
(編集部注釈)開新堂の商品の購入には、紹介者と事前の予約が必要です。
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