ワールドカップの熱気が去ったとはいえ、暑い日が続いている。言うまでもなく、こんな時は何をするのもうざったい。働き蜂のおじさんたちも、さすがに喫茶店やビヤホールでのリフレッシュが必要のようだ。

  それに比べ、若者たちは海へ山へ海外へと忙しい。世の中はまさに夏休みの真っ只中なのである。




 けれども暦の上から言えば、もはや秋、間もなく立秋を迎える。


     秋立つや 何におどろく 陰陽師  (与謝蕪村)


 
ことさらに気配というものに敏感であった陰陽師が、おそらくは秋の気配におどろいたのであろうか・・・・・・確かに季節のうつろいの中でも夏から秋へという変化には一入の感慨がある。八月を秋と呼ぶにはまだいささかの抵抗はあるものの、盆の頃に忍びよる朝夕の気配には「秋らしさ」を感じるから不思議だ。サトウハチローはそれを 「ちいさい秋」 と呼び、また藤原敏行は


  
秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども
           風の音にぞ おどろかれぬる  (古今和歌集)


と詠んだのである。

  はからずも陰陽師も歌人も、ささやかな変化に驚きそれを見逃さなかった。何にもましてこのような自然と感応する力や感性をもつことは素晴らしい。

  とはいえ文明化が進みすぎたせいでもあろうか―こうした情緒を育む環境が我々のまわりから消えていくことはなげかわしい。そしてまた、ハレとケという考え方も文明化が進む中で価値観が逆転してしまったようだ。

  すでに我々の日常というケはあまりにも騒々しく、あまりにも多様になり、むしろハレ化してしまっている。それゆえ、我々はささやかな驚きというものをすっかり手放してしまったかのようにも思えるのだ。

  そういえば、国木田独歩は「牛肉と馬鈴薯」の中で登場人物にこんな不思議なセリフを吐かせているのを想い出した。

  ぼくの願いは大哲学者や大宗教家になることではない。理想社会の実現でもない―結局それは「びっくりした」という願いなんだ―と。

  人間は段々驚かなくなる。もっともっと刺激が欲しくなる。けれども、西日が美しく空を染めていく―とか、端居をして風鈴の音が涼やかである―といったささやかな「あたりまえ」に、今一度心をおどらせてもみたい。



 
前置きが長くなりすぎた。ここは日本論をくどくど展開するページではないので、今月のおもたせに話を移すことにしよう。夏の日の「ささやかな」楽しみのトップバッターは、京都は三条京阪から縄手を下がったところにある「かね庄」の“お茶漬け鰻”である。

  ささやかな―とはいえここには驚きもちゃんとある。なにが驚きか―店で売っている商品は後にも先にもこれひとつなのだから―これは驚きでしょう!

  店のたたずまいは、まさに京都の老舗というにふさわしく、また、パッケージ (う〜ん・・・・・・パッケージと呼ぶべきか) も素朴で奇をてらってはいない。

  品物の方も厳選した天然の鰻を白焼きにし、みりんや醤油などで煮込んだままという素朴さなのである。もちろん甘辛い味付けには秘伝のレシピが隠されていることは言うまでもない。

  食べるときはお好みの量を切りわけ、そしてご飯の上にのせ茶漬けにして食べるのみ。もちろんわさびや山椒を加えた方が味にアクセントが出る。食欲のない時や酒席の後に小腹が空いた時などにはもってこいだ。

  さて驚きの単品商売はまだ続く。

  京都東山に店を構える「はれま」はチリメン山椒で名高い。

  このチリメン山椒には防腐剤や着色料を一切使用しておらず、まさに手作りの逸品といえるかもしれない。

  お茶漬け鰻と同様に好みの量を御飯にまぶし食べることをこよなく愛するファンも多い。それだけではもの足りないなら、大葉をきざんだ上にこのチリメン山椒をたっぷりとふりかけると、より一層ご飯がすすむ―とアドヴァイスをくれた「通」もいるぐらいだ。もちろんそのまま酒のつまみにしても良い。

  とはいえ、ちりめん山椒を売りにしている店は何も“はまれ”だけではない。ためしに京都の街中を歩いてみられるとよい。ちりめん山椒を扱っている店の多いことに驚かれることであろう。

  元来ちりめん山椒は、おばんざい―といわれる分類に入るものであった。それゆえ決しておおげさな商品ではなく各家庭が常備しておくべき日常のひと品なので、今でも料理上手が副業で商いを始めることもままある。だから味のバラエティも家の数だけある―といっても過言ではない。たかがちりめん山椒、されどちりめん山椒と呼ぶべきであろう。

  何であれお手みやげの類はいつもおすすめのものが良いとは限らない。たとえば京都に来られる度に違ったちりめん山椒を選び、好みのものを見つけ出す―ということこそささやかなぜいたくであるかもしれない。

  あなたの知らない驚きは、まだまだ京都に奥深く潜んでいるのだから・・・・・・。

味の手帖 2003年8月掲載