九月といえば祖父母のことが思い出される。何故ならば九月七日はいみじくも二人の命日にあたるからだ。

  そして今年の九月七日は祖母の二十三回忌であり、また祖父の四十四回目の忌日にもなる。


 ここまで書いて気づかれる方もおられるだろうが・・・・・・祖母は祖父の十七回忌を済ませた夜、忽然とこの世を去った。

 生前より仲睦まじいと評判の二人であったが、こんな夫唱婦随にはあまりお目にかかることは無い。

 祖父は口数の少ない、けれども温かい人格者であった。祖父健在の頃には内助に徹していた祖母は、祖父亡き後の生涯を実に活き活きと働き続けた。それはまるで悲しみをひと時でも忘れたい―と願っているかの様でもあった。けれどもまた、祖母は天性の社交家だった。この対照的な二人の絶妙なコンビネーションにより裏千家の礎は築かれていったのである。父も母もそうした二人に薫陶を受け、見事な二人三脚を歩んで来たが、先年母の他界により、また、ひとつの役割を終えた。


 母は、父に仕えると共にとりわけ祖母に良く仕えた人であった。子供の目で眺めていても出来すぎた嫁という評価はゆるがない。


 四六時中気を遣い文字通り祖母の手足となり・・・・・・時にはその頭脳にまでなっていた。その一心同体ぶりは記憶の中に生き続けてはいるが、今も一冊の本にその姿をとどめている。

 『胸の小径』 と題された小冊子は、祖母が語り母が口述筆記したものだが、実際は母が著し編集したものであった。本の表記を読まなければまさに祖母その人が自ら筆をとった如くであった。この本を読む限り祖母と母の間には何の隔たりもなく、母は祖母その人に成りきっていたのだ。

  そんな母の唯一ともいえる楽しみは、読書をすることであった。作家であれば辻邦生氏のものが好みで晩年司馬遼太郎氏のものもよく読んだ。だから、母の小さな書斎には、いつも何冊もの厚い本が几帳面に置かれていた。けれども読書の時間は少なく、それだけに一心不乱に読みふける姿は近づきがたく、別世界の聖域の中にいるようでもあった。

  そんなある日、母が“おやつ”をつまみながら読書をしている姿を見かけた。子供というのは純粋で、本も好きだけれど、オヤツもそれ以上に好きなんだ・・・・・・という事に気づいたのである。


  そこで、あれこれとみつくろったお菓子を小さな缶に入れて母に届けたことがあった。その時の嬉しそうな顔は今も忘れない。以来、母の“おやつ係”は僕の大切な役割のひとつとなったのである。

 けれども・・・・・・子供の善意は長続きするものではない。忘れる事もしばしばあった。そんな時でも母はあわてずさわがず「おやつが無くなっちゃった!」と僕に空缶をしずかに差し出すのであった・・・・・・。

 おやつの中身はシンプルなビスケットやクッキーであることが多かった。チーズ味のスティックも好みであったが、今となってはその銘柄もすっかり失念してしまった。

 孝行をしたい時には親はなし・・・・・・のたとえではないが、今月のテーマは母に捧げるクッキーということにしたい。


 「ツッカベッカライカヤヌマ」のクッキーに出会ったのは三年程前のことで・・・・・・母が無くなる前後であった―と記憶する。

  ここのクッキーは基本的に三種類。けれどもシナモン・チョコレート・バニラはどれをとっても甲乙つけ難いほどおいしい。

 邪魔にならない味わい―と言うべきであろうか―そのため、いつもついつい食べ過ぎてしまう。その上、箱の中でくずれないようにと詰め込まれたクッキーの配置は芸術的ともいえる。包装紙や缶のデザインも実に品良く、上質の香りがそこはかとなく漂ってくる。

 店のご主人は長年オーストリアで修行をつまれた方で、菓子職人の国家資格をもたれているそうだ。けれども、そうした自信が実にさりげなく表れているところが心地良い。

 さりげなく―といえば麹町にある「ローザー洋菓子店」のものもお薦めだ。

 ブルーの缶を開けてみると・・・・・・説明は不要だ。ともかく何故だか懐かしい。そう・・・・・・そんなに上手には出来なかったけど・・・・・・母といっしょにつくったクッキーのような風合いがうれしいのだ。

 素朴といえばこれほどまで素朴なクッキーはないだろう。けれども一度味わえば忘れられない味となる。創業当時からの味わいをしっかりと守り続けているため、親子代々のファンも多いと聞くが、それも充分にうなずける。

 そう言えば・・・・・・母もここのクッキーを食べていたような記憶がある・・・・・・。そして少しドキドキしながらこのブルーの缶のなかからそっとクッキーをつまみ出していた僕の姿も・・・・・・。

 懐かしい味のクッキーは懐かしい想い出とどこかでつながっているらしい。母の命日には・・・・・・やはりクッキーをお供えしたい。

味の手帖 2003年9月掲載