第8回「酒が語る声に静かに心傾ける夜」

文・伊住政和 写真・小林廉宜
 
 李白、若山牧水……。酒がつぶやく言葉がわかり、また酒と語らうことができる詩人たちがいる。凡人には到底到達できぬ境地だが、今回は、日頃もてなしの潤滑油ともなってくれる酒と正面から向き合って「利き酒」をしてみようということに相成った。
 主旨からして、銘柄を当てる利き酒ではなく、自分なりの言葉を探してそれぞれの酒が持つ個性を表現し合う方法で……とまでは決まったが、ノウハウを持つ人がいない。
 そこでソムリエの柳忠志さん、酒師の資格を持つソムリエの松永茂さんに援軍として入ってもらうことになった。
 松永さんのコーディネートにより、この日選抜されたのは6本の日本酒。いずれもなかなかクセモノの気配を漂わせている。
 居並ぶ酒の風味を言葉で表すのは簡単なことではなさそうだ。
 通常、どういう風に表現するのかについて二人のプロにたずねてみた。
 専門家の間では、ある時は花や果実に、またある時は色などにイメージを託するのが一般的のようだ。
 やることはわかったが、プロに囲まれてソムリエごっこをするわが身は果てしなく不安だ。 
 ごっことはいえソムリエや酒師の心得は聞いておかねばならない。そもそもいったいどういう存在なのかを。
柳さんの回答は素っ気ない程明快で、「ソムリエならばワインの弁護士です」と一言。
 辞令の妙にただただ納得。
 さて、弁護できるかどうかは定かではないが、酒の味方になれるよう努力を肝に誓った。
 いよいよ利き酒大会開始。
「利く」順番は柳さん、松永さん、伊住となる。おもむろに一番の酒がグラスに注がれる。
 一口最初の酒を口に含むと柳さんが不思議な表現をした。「粉っぽい味…穀物の味」。続いての松永さんは「イメージとは違うナァ」とつぶやきながら虚空を見つめ、言葉を探す。
 さあ伊住さんですよと促されるものの、言葉が出てこない。何とか「香りはおとなしいがしっかりした味」と無難な表現をしてその場をごまかす。
 次々にテイスティングが続くうちに、6本の酒が形容される言葉もあでやかに舞い始めた。
 快活、華やか、ミルクキャラメルのよう、控えめ、白玉のような、くせになる悪女etc…。
 まったくもってプロの表現力の豊かさと自らの表現能力の限界を思い知らされた。
 振り返ってみると、自分は結局好き嫌いしか感想を述べておらず、弁護というより検事だ――と後で反省。
 けれどもこんなに楽しい酒の場は久し振りだった。
 今度の休みの日にでも友人を招き「利き酒大会パートU」を催してみよう。
(この原稿は、「日経ヘルス2000年5月号」より転載されたものです)

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