第2回 「初釜」



 初釜が終わった。

 正直な気持ちを言うならば「ホッ」としている。

 いや…あるいは「ホッ」というより半ば放心状態という方が正しいかもしれない。とはいえ気楽にはしておれない―初釜中にほったらかしておいた仕事が山積しているからだ。今もそうした雑務の中で、目を三角にしながらこの原稿用紙と格闘中なのである。

 ところで、一般の方には初釜が終わって‥何故こんな大ゲサな書き方をするのか―おわかりにならないであろう。 そこで初釜の重労働!?について少し誌面を借りて紹介したい。

 我々が初釜において担当する場所は「濃茶席」といわれる式場だ。ここでは正親 町天皇の御宸翰を掲げその前にめでたく結び柳を配した例年通りの飾りつけでお客様をお迎えをしている。ここ十年程は、金銀の重ね嶋台のうち家元が金を若宗 匠が銀を担当される―という光景がおなじみとなっている。通常七日を初日に京都は十三日まで、移動日をはさみ東京が十六日より二十日までとなっている。この間一日平均十席のお客様をお迎えするのだ。点前の回数でいえば単純に計算してみても百二十回…真面目に考えれば気の遠くなりそうな話ではある。

 さて、伊住は何を担当しているのか―といえば、濃茶席の半東を務めさせていただいている。この他に納屋の叔父・従弟の大谷・納屋の長男といったところがレギュラー陣であるが、ここに若宗匠の長男、次男が可能な限りお運びの手伝いに加わる。 若宗匠の長女は―婦人方の手伝いに華を添えている。半東やお運び―といってもこれがばかにしたものではない。先述した通り、一日十席のお運びを担当するのだから結構な仕事量である。

まずお菓子を運ぶ

菓子皿を持ち帰る

茶巾台を出す

金銀の茶碗を運ぶ

他の茶碗を運ぶ

茶巾台と茶碗を持ち帰る。

書けばこれだけのことだが、一席中に数十回これを繰り返すと、一日数千歩となり、一日中屈伸運動をして歩き回っているに等しい。 お陰で初釜が終わるころにはメデタク!?スリムな身体に変身してしまうのだ。

 さて、自らの仕事ばかりに誌面を費やしたが、初釜や茶会にはこうした目にみえる仕事以外にも実に多くの裏方が役割を果たしている。そしてそれらの多くは本当に客の目にふれることは決してない。

  けれどもどんな仕事であっても何ひとつ無駄ではなく、その一つひとつの働きが積み重なってこその一碗なのである。だからこそぼくにとっても半東の仕事は、(たかが半東かもしれないが)されど半東の心境なのである。


春浅し空また月をそだてそめ
(久保田万太郎)



淡交タイムス 平成14年2月号掲載


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