第10回 「豊かな心の会話」



 病気に関する仕事に携わっている方々には悪いが、病院生活の紋切型のシステムが実は
好きになれない。

 病院生活のシステムは、血圧のチェック、体温チェックにはじまる。そして食欲はあるか?食事はどれくらい食べた?便通は良いか?・・・と日に何度も先生や看護婦さんにチェックされるのである。実はそれだけで既に気も心も滅入る。その上、うまいとは言い難い食事とあっては、逆にだんだんエネルギーを吸いとられ益々病が深まっているような気分にもなるからだ。

 もちろん病院も努力をしているのだろうが・・・何故病院の生活がこんなに素っ気なく思えるのか―ということが気になりだした。
 それはまずコミニュケーションのあり方に問題がありそうだ。病院の会話は理に叶った安全で確実な内容に絞り込んでいるせいで実に味気ない。

 けれども実際患者が欲しいのはもっと豊かな会話のはずだ。その会話で随分心持ちが変わる。
 たとえば気分転換に―と人にすすめられ通っている酵素風呂の先生との会話はもっと豊かなのである。

 きびしいけれど愛情にあふれる言葉は力強く「今日は元気な顔色だ」「日に日に回復してるゾ」「今日は肌が元気ダネ」等とプラス発想の会話で激励をしてもらえる。


 比較して悪いが、これはあきらかに会話の質が違う。人間にとって必要不可欠なのは合理的な手続き上の会話ではなく、情のある会話、心からの会話なのだ。人間に活力を生むのは、まず豊かな心の会話だとその時思った。

 病は様々なものによってつくられるが、又病を解決していく鍵≠ノも様々な要素があるように思えてならない。そして何より治療という術だけでは人は治せない。それと共に心のケアが同等のバランスで成り立っていなければ、人は治らないのではないだろうか―と思った。技と心のバランスはなにも医の世界ばかりでない―茶の世界に住む人達の心得も又同様なのである。

入院の四角な窓を鳥渡る (高濱 年尾

淡交タイムス 平成14年10月号掲載
 


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