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第12回 「都会での異変」
近頃都会に異変がおこっている!という話を耳にする時、
この夏最も話題をさらったゾウアザラシのタマちゃんフィーバーを想い出さない人はいないだろう。
タマちゃんに限らず、何故だか自然界からの珍入者(動物)の話題には事欠かない。
自然界の構造がどうゆがみ、どう変化してきているかは定かではないが、これまでの常識からいえばこれは尋常なことではない。
けれどもよく考えてみると、尋常ではない風景は何も今に始まったことではないのだ。
たとえば、あの繁殖力が強く憎らしい程賢い都会のカラス達の乱行にしても、どうも人間の優しさとルーズさにつけ込んできているような気がしてならないからだ。
カラスに比べるとやや飼いならされた感が強いハトやスズメ等にいたっては、人間社会に慣れ親しみすぎている。
車を運転していて思うことだが、ともかくこうした人に近いところにいるハトやスズメ等は車が近づいてもなかなか飛び立とうとはしない。
その為時には逃げ遅れて車に体当たりするモノまであらわれるとなると…これは人間社会との距離感がやや罪をつくっている様に感じられてならない。
本来は恐怖感が先立つ為、人間社会のモノやコトとは距離を置くというのが、自然界に住むモノにとっての本能のようなものだろう。
けれど都会に近く住む動物達は、この本能を放棄しはじめているような気がするのだ。
この本能喪失は、実は動物にとって実に大切なものを失くしていることにならないだろうか?
今日も鴨川に来てみると、トンビやサギに名前をつけて家族の如くエヅケしている妙なおじさんを見つけた。
飼いならすことは果してよいことか悪いことか−ここでは断定しにくいが、自然界のモノ達とのつきあいを改めて考え直してみる時期に来ているのは間違いない事実であろう。
淡交タイムス 平成14年12月号掲載
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