|
このホームページ上でもさんざん宣伝して頂いた(ありがとうございます!!)
旧七夕会花展も終了しました。宴の後の淋しさと言いますが、多くの方々が帰られ た後は、一層淋しさがつのります。私にとってはこれからがいよいよ冬という感じ
でしょうか。
街では新米、新酒、ボージョレーヌーボーと秋の実りが、今最も楽しめる頃です。今年は特にボージョレーヌーボーの当たり年で、10年に一度という位いい年だ
とか、是非飲まなくては(笑)
昔は季節もの、旬、あるいは初ものといってもとりたてて感慨はありませんでした。子供の頃はごく当たり前に時間が過ぎていき、その時の流れに対する慈しみの
思いが湧いてこなかったせいかもしれません。けれども少し年をとった今、そして いけばなという伝統文化の世界に身を置いて過ごしてきた日々を思うと、"時の流れ
"に対して敏感になってきている自分に気付きます。
|
伝統文化に関わる以上、時というものは無視して通り過ぎることはできないのです。
例えば、いけばなでは先枯れの葉や、つぼみ等、またわざと枯れた枝をも用います。
|
|
もし、これらが花屋さんで売られていたならば商品価値はぐんと低いのでしょうが、でもいけばなという一つの美意識のフィルターを通してみると、これらのものを生命感溢れる輝いている存在となるわけです。
ただ満開の花を生けることを いけばなと見なしたのではなく、その時の流れを経て、だからこそようやくかもし だされる味わいを大切にし、そこにも一つの美を見出しいけばなをしたというところに、先人の"心"を感じます。
|
 |
|
|
そこには一つ一つの物事を慈しみ愛そうとした温かい思いやりがあるような気がするのです。 |
現代は、いくら一部ではリサイクル、リユースが熱心とはいえ、乱造そして使い 捨ての方が安くついてしまう時勢です。でも今の私たちが少しでも先人の"心"に近
づけたなら、もう少しこの世の中もシンプルになって、人と人との間もスムーズに素直に動くのではないでしょうか。折しも新酒、新米、そして後一ヶ月ほどで早く
も新春です。古を重んじているからこそ新しくやってくるもの、やってきたもの = つまり「初」を喜び楽しむことができるのでしょう。
季節の流れと共に、一つ一つの出来事の中で自分を確認していきたい、そう思う この頃です。
|
|
2001.11.28 掲載
|