![]() 4 水際 「和の学校」を開講して、一ヶ月、学校の方も少しずつ軌道にのってきたという感じでしょうか? このところ、どういうわけか、水に関するお仕事が増えてきました。もちろん、いけばなは、花という生命を扱っている以上、水は生命のエネルギーの根源でもあり、切っても切れない間柄といえるわけですが…6月6日からには広告関係の大会が京都で開催されることもあり、水に関するエッセイを書いたり(これは〈知の源流・水〉ということから、水というテーマになったそうですが)、また、日本水大賞という審査をしたりしています。これに関わって、多くのいろいろな方々が、そして団体が、学校が、水文化の保全や、水防災の貢献、水資源の活用など、多方面より水を育んでいらっしゃることを知りました。すばらしいことですね。 その一方で、日本における水は変わりつつあるのも事実です。考えてみると、今や水といっても買うものといった感が強いのですが、日本ほど豊かで美しい水=海や川に囲まれ、恵まれているところは、世界的にみても数多くはないのではないでしょうか。 以前外国を旅した折、水道の蛇口から水が飲めず、ミネラルウォーターを買い(しかも、値段はアルコールの方が安いのです!)帰国してから、普通に水が飲める喜びを改めて感じたことがあります。 そんな美しい環境を私たち自らが汚してしまっている、という現実におそれおののきます。 それでも、まだ清流といわれているところも有名・無名も含めて多数あります。(きっと昔は、ほとんどいたるところ清流だったのでしょうが…) 自然に対して人間がここまで好き放題勝手にしてきたつけがでてきているのではないでしょうか。
いけばなの世界でも、「水際」みずぎわ、をとても大切にします。皆様も、もしいけばな展にお出かけになる折は、ぜひとも注目して頂きたいのですが…生花とか、立花という伝統的な形の作品には必ずあります。 水際という言葉は、海辺や川辺の水面が陸に接する部分や境界線を意味します。「水際立つ」といい二つの異なったものの接する部分、ある部分から他の部分へのうつりの美しさを形容してもちいられ、また、とくに目立って美しい形容として「水際だっている」というようにもちいられるのです。生花の水際は、花材が花器の水面からぬきでる部分で際だつ美しさと、器から草木へのうつりの美しさをみせる主要な役をはたしているといえます。
ちょうど土に種をまき、そこから芽がでて双葉がつく、その双葉までの部分を想像してみて下さい。水際は、そのような意味合いを持っています。つまり、あらゆる生命の源がそこにあるとみなしているわけです。
だからもちろんいける時は、水際をきれいにというのも守らなくてはいけない約束事の一つです。 先人たちが守り伝えてきた約束事は、規則ばかりで現代に適応していないとか、面倒で意味がないのではなく、古来の美意識〜私たちの先祖がどんなことに心を配ってきたのか、どんなことに価値を見いだしてきたか〜を如実に物語っているのだと思うのです。 何事も、最初に考え、形にするのは大変なエネルギーのいることと思います。先人の努力と知恵、そしてその上に伝統のあることに感謝して、この21世紀にいかしていきたいと願います。 |
|
2001.06.05 記載 |