![]() 8 喜雨 毎日暑い日が続いています。 夏ですから暑いのは当たり前で、数カ月経ち、寒くなればなったで「寒い」というのですから、人は勝手なものですね。 水と戯れたり、外に出掛けたり、夏ならではの楽しみ方を思う存分したいものです。 それにしても、こう晴れが続くと水不足が気に掛かります。夕方にバーッと男性的な激しい雨があると(これを喜雨というそうです)体感温度も低くなり、ぐったりとしおれていた緑も元気を取り戻し、とても嬉しいのですが・・・。 つい先日、ニューヨークでいけばなのデモンストレーションをした折、花はバラやカーネーション、ダリヤなど、いろいろ揃いよろこんでいたのですが、緑の葉や枝ものがなかなか手に入りません。
何でも売っている日本の花屋さんと異なり、向こうでは山には入ったり知り合いの方の庭で切らせて頂かないと、枝ものは手に入らないのです。 いけばなの美というのは、花だけを捉えるものではなく、常に緑と色(=花のこと)の対比、葉と花の対比というように、とても緑の存在というものを大切にします。緑のあることによって花が生かされ、またその逆も可能というわけなのです。 そして一口に緑といっても、丸い葉のものであるのか、長い葉のものであるのか、濃い緑なのか、淡い緑なのか、大きな面の葉であるのか、細かい葉のものなのか、持っている要素は皆異なります。 その個性を見極めたうえで、どんな植物とどんな花が調和するのかを操っていかなくてはいけないのです。
「緑がない・・・」とデモンストレーションで困っていたところ、ワシントンに住む方が山のつつじを沢山切って持ってきてくださいました。これこそ、その時の私にとっての「喜雨」でした。そのお陰で作品にまとまりと力強さを出すことができました。
いけばなというと、花を生かすという方に気が入ってしまいがちですが、案外全ての色に合う万能色の緑をどう生かすか、どう見せていくかがポイントになるわけです。 和の文化というのは得てして、ひとつひとつが自己主張するよりも、互いに引き立て合いながら調和を見せるところに特長があるように思われます。 身近にあって当たり前のように思える要素をいかに生かすか これが芸のすごさでもあるのでしょうか? |
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2001.8.23記載
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