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吉岡幸雄
甕覗き(かめのぞき)と水色について
梅雨があけて、京都では7月17日の祇園祭山鉾巡行も無事に終わった。これから立秋をすぎて、8月16日の大文字のころまで、うだるような蒸し暑い毎日が続くのである。
私の工房では、7月の上旬に紅花の摘みとりが終り、これからは蓼藍の刈りとりである。伏見区向島の工房の近くに、百坪ほどの田圃を借りていて、7月も20日をすぎると、毎朝、その葉を刈ってくる。土から茎の上15cmほどに釜を入れて、切る。根とわずかに茎をのこしておくと、また1ヵ月ほどたつと生長して、葉をつけてくれるからである。
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| 蓼藍 |
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刈りとった葉は、一枚一枚手でちぎって包丁で細かく刻んで、水の中で揉む。30分ほどたつと、緑色のきれいな液ができる。そこに、生絹、これは「すずし」と読む。蚕が吐いたままの透明な糸で練りをしていないものである。それを、液の中でゆっくりと繰る。やがて色が付くいていくのだが、葉緑素は布や糸に染着しなくて、そこには夏の空を映したかのような澄んだ薄藍色が染まっている。
これが、藍が生育した時期だけにできる「生葉染」である。不思議なことに何度染め重ねても濃くなっていかない。甕覗(かめのぞき)、水色、空色というような澄んだ薄青色になる。
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| 刻んだ生葉を揉んで色素を出す |
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甕覗という色名には二つの説がある。一つは藍を染めるのに、甕のなかに染料を入れて発酵させるので、そのなかに、ほんのわずかな時間浸して染め、淡い色を付けるということ。もう一つは甕に水を張っておいて、それに空の青さが映っているものを、覗いて見た色というもの。
「水色」も水には本来色がないわけだから、山間の清流の澄んだ水に、いまの季節のような青い空が映っている様を表現しているのである。
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| 蓼藍の生葉染のスカーフ |
緑の濃い葉に生長した蓼藍から、こうした澄んだ色が出る。暑いなか、工房での仕事をしている時、その色は、ひとときの清涼感を与えてくれるのである。
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