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滋賀県の琵琶湖という、とてつもなく大きな淡海は、その南端、瀬田からは川となって、山際をくねくねと回って、宇治の里へと流れている。
ここには朝、川霧がたって、茶の樹に強く太陽が当たらないので、良質の茶葉が育つという。
また昔は、宇治の橋と川堤には柳がたくさん植えられていた。
柳は土中深く根をはって、大雨のときなど、水量が多くなっても、それに耐え、流水を防ぐ役割をはたすからである。
桃山時代に描かれた古い屏風に、「柳橋水車図」というものが、何扇か遺されている。 金地の豪華なもので、そこには月に宇治橋と、橋桁を洗う急な流れ、蛇篭、水車が描かれ、そこに大きな柳が葉を垂れている。
これは、まさに宇治橋の光景を描いた名所絵である。宇治は万葉の昔から近江、京都、奈良を結ぶ景勝の地として知られてきたのである。今の宇治橋には小さな柳の樹しかないが、これからの季節には、柳の樹の枝に垂れた葉が薫る風にゆれているのを見るのは楽しい。
柳の樹は、また、夏になって強くなる陽ざしのおおいにもなった。千利休は、今の中京区西洞院三条あたりに出る良水を探りあてて、それを「柳の水」と命名している。
そこには、井泉の周りに柳の樹が生えていて、水の温度を守っていた。柳の緑青色の表葉、それに白い胡粉をまぜたような裏葉色。その表と裏の色がまざるようにゆれている姿は、また良水でたてられた茶の緑をも連想させるのである。
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