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〜ブーツ〜
冬に足元を飾る、といえばブーツ。
ショッピングに出かける度に
「ボルドー色もきれい」
「少し冒険をしてパイソン柄の入ったものもたまには いいかしら」
「やっぱりオールマイティーに使える無難な黒も季節ごとに新調したいし…」
あれこれ悩みながら結局「よく考えてから後日、伺います」とお店を後にすることになる。
実際、街を歩いている女性達の足元を見ると、悩みは解決するどころか、ますますあれもこれも素敵に見えるのには困ったものである。
こうした悩みとは別に、「なぜ女性達は美しく歩こうとはしないのか」との疑問を同時に持つことも多い。
どんなに望んでも決して手に入れることの出来ない、素晴らしいスタイルを兼ね備えた人が日毎に多くなっているように感じるのは私だけではないと思うのだが、その利点であるはずのスタイルの良さが、かえって短所を強調してしまうことになりかねないのも事実である。
私がまだ幼かった頃、度々「姿勢を正して歩きなさい」と両親から注意された。そうした時、「別に姿勢が悪くたって命にかかわることでもないし…」と反抗心をいだいたことがある。
中学3年の頃だったか、生意気にも少しヒールのある靴に強く憧れていた。ようやくその思いが叶って母と二人で憧れの靴を買い求めに出かけたある日、この両親のことばをふと思い出したことを今でも覚えている。
その頃は『ニュートラ』などと呼ばれるファッションの中で、靴はウエッジソールの高い靴が流行していた。その種の靴を、いざ試着してみるとじつに歩きにくい。重心のかけ方もなぜか前屈みになってしまい、鏡に映し出されている、歩く姿も実にかっこが悪いのである。
その日の帰り道である。「腰をかがめて、膝で歩く人が多いな」、とそれまでとは違う視点から行き交う人々を観察していた。そこで「なるほど、正しい姿勢を保たないから、膝で歩いてしまうのか」と、幼い頃の反抗心が一瞬にして晴れやかな気持ちになったような記憶がある。さらに帰宅後、「膝を曲げて歩かない練習」を隠れてしたことは今思うと笑いがこみ上げてくるばかりであるが、生意気な中学生は「かっこいい大人」を気取りたい一心で、こうした行動をとったのであろう。
大きな声で、しかも自慢できるようなことでは決してないのだが、このように中学の頃から勉学よりもテニスとファッションに興味を持っていた私である。おそらく20歳前後に厚底ブーツがあったら、いち早く手が伸びていたかもしれない。しかも「いかに膝を曲げないで歩くかの練習」を欠かさずに……。
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