〜Eメール〜
インターネットの普及により、ホームページをご覧になり小笠原流礼法に興味を持った方々からのメールが各地から寄せられる。中には中学生や高校生から、教室の問い合わせに関するメールも少なくないのには嬉しい限りである。
なるべくこうしたメールには直接、目を通すようにしているが、一般の方からの問い合わせに限らず、仕事の依頼がメールでやり取りされるケースが増えてきた。いずれにせよ、送信者の世代に関係なく、たった1,2行で終わってしまうメールには寂しさを感じてしまうのだが・・・。
パソコンからではなくiモードからメールを送る場合は、事情により行数も制限されることであろう。しかしながら、何かを依頼する際にはなるべく相手にこころを伝えることが不可欠に思えてならないのである。
「講演の依頼を希望」とだけあると一瞬、どなたからの依頼なのか、ととまどってしまうこともある。相手と直接会話ができない場合は、たった一言の言葉が足りないだけでコミュニケーションが円滑にならない場合もあるとしたら、それは誠に残念なことではないか。ましてやビジネス上で、それがトラブルの原因になってしまったとしたら・・・。
しかしながら、このようなメールばかりではなく、楽しく、嬉しいものもたくさん頂戴している。「メールはなるべく、簡潔に、短く終えることがビジネスマンの鉄則」、などともいわれているが、そんなことはないのでは・・・と思うことがしばしばある。季節を感じる文章や、日頃の御礼を丁寧に表現してくださる、やさしいメールに対して「読むのが面倒」などと思う方が考えものである。
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先日、知り合いである、20代の容姿端麗な女性から次のようなメールを頂戴した。「先日、改めて小笠原さんのご著書を読み返しました。小笠原流の極意である、相手を大切に思うこころを自然に美しく表現する、のことばにしびれました。あまりにも素敵な考えで、10分ほど動けなかったです♪」という若い人らしい表現をまじえた感想である。拙書を評価されたからではない。現代的な若い世代の方でも礼法のこころを理解し、それを伝えていこうとする考えが読み取れたこのメールに、感動せずにはいられなかった。
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さて、知人にはIT関係の方も多くいらっしゃるが、その方々から機械ばかりが相手だと、むしろ人間の手の加わったものの方が安心できる、というご意見をいただいたことがある。つまり、会合の案内一つにしてもメールではなく、ファックスでたった一言、直筆でことばが添えられているとこころが和むということである。
同世代のある友人は、筆不精であったために手紙を書くことがなく、しばらく連絡をしていない友人には電話もかけにくかったが、メールの普及により簡単に連絡がとりやすくなって友人の和をひろげるのに助かっているという。
Eメールがいけないわけでわない。迅速に意見の交換や資料のやり取りができるなど、便利な部分は多くあり、実際、この原稿もメールでやりとりしている。便利だからこそ、そこに「こころ」の存在を残していただきたいと思えてならないのである。
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