(株)松栄堂 畑 正高
京都時代祭 時代祭の行列を参観していて、とても違和感を感じたことがある。 平安時代の女人行列、今年はどちらの花街やらなどと楽しみに、のんびりと眺めていた。 清少納言や紫式部のあでやかな十二単に続いて小野小町の登場。あの六歌仙の一人にたたえられた美貌の歌人には、あこがれのようなものを感じていた。 ところがその小町の出で立ちは、王朝の雅として私が想像していたものとは全く違い、はるかに大陸的な姿だった。不用意に出会ってしまった妙齢な雰囲気は、エキゾチックというべきであって、イメージとして作り上げていた私の中の安心感を見事に打ち砕いてしまっていた。小町の生きた平安時代初期は、よくよく考えてみれば私たちが思い描く以上にはるかに唐風だったようだ。平安の都自体が唐都長安を模して造られ、衰退期とはいえ律令国家として出発した平安京だったのだ。1200年の京都と一口に表現してしまっているけれど、894年に菅原道真の意見によって遣唐使が廃止される頃まで、人々の意識ははるかに大陸に向いていた。建都100年の頃までは、奈良時代の流れを充分に継承していたようなのだ。 この事実は、その後の和様を考える上でとても大切なキーワードではないだろうか。 時代祭の小町の姿は、このことを端的に語りかけ、改めて教えてくれているようだった。 王朝の雅などとして私たちが誇りに感じている和様の美意識には、唐様を学びつづけた先達の土壌が隠されている。それには聖徳太子の頃から300年間が費やされている。和様とは、この京都の地に暮らす人々が見つけた、自然との同化の文化なのだ。折り目正しく繰り返す四季の移ろいこそが唯一の心の拠り所だったのではないだろうか。 その歴史の始まりの頃から、京都という地がいかに先進的創造力に富み、革新的な力を内在させていたかという事実を改めて学ぶ思いがした。 明治の文明開化以降100年以上の時が流れ、その合理的なものの価値観に対して少なからずの疑問符が打たれようとしている昨今、日本文化のストックを圧倒的に誇るこの京都という環境が真剣に見つめなおされるべき時がきつつあると感じている。 (『FASHION KYOTO KOMS』 Vol.224より) |
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