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紫宸殿に向かう広々とした玉砂利の道を暗がりの中で歩くと、足下の音がなんとも心地よい。たおやかなシルエットを見せる大屋根の上には雲の影が早い流れで過ぎ去って行く。松風に琴の音が響くのはこの様なときなのだろうか。暗闇に漂う香りは、まだ少し残る梅の花を教えてくれる。 一体この閑けさは何なのだろうとふと立ち止まってしまう。私がそこに散歩をするしないに関わらず、月と雲のハーモニーは奏でられ、漆黒に塗られた木々の重奏音の中に春の花の旋律がある。思わず我に帰った自分の中を言い表すのに初めて「美しい」とか「綺麗」とかの言葉が突き上げてくる。自然は私達の存在など全く意に介していない。無意識という意識が絶対的な美しさを具現し続けてしまうのだ。 この様な情景の中で立ち止まるとき常に思い起こす言葉がある。「いのちの窓」という詩集の中で陶芸家河合寛次郎が「自分の仕事でありながら、自分の仕事でない仕事」と呟いている。釉薬の研究に独自の世界を見いだした寛次郎が、自らの仕事が形になっていく最後の課程でえ窯の中で燃える火の力に全てを委ねざるを得ない事を知り、造形の神の司る仕事を謙虚に見つめながら常に思い願った祈りの言葉だと思う。相対的な自分の存在に限界を認めながらその限りを尽くした充実感と共に、絶対的な物へと昇華していく可能性を自然との共存の中に見いだしていたのだと羨ましく思う。
(『香り風景』vol.6より) |
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五感のバランスの再構築
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