文・写真 辰野勇

4.二月堂の冒険

二月堂の階段を車椅子で下る藤村真司

 車椅子の友人、藤村真司を誘って奈良の東大寺二月堂を訪れた。真夏の太陽が照りつける中、少々肥満気味の彼の汗をじっとり背中に感じながらおんぶして登る八十五段の階段はさすがにきつかった。

 境内の茶店で、名物の宇治金時を食べてほっと一息。舞台の上から見下ろす古都の町並みは、長年奈良で暮らしている彼の目にも、初めての景観であったようだ。

「帰りは、自分で降りてみるか?」 私は、車椅子の彼にちょっと意地悪なちょっかいをかけてみた。
 すると彼は、あっさりうなずいて返事してみせた。自分が挑発しておきながら、私は少々慌ててしまった。普段はおとなしく寡黙な彼が、まさかそんな冒険をかって出るとは思ってもみなかったからだ。

「大丈夫か?」
「やってみます。」

 彼はそう答えて、車椅子を階段の縁まで進めた。両手でしっかり車輪を握り締め、前輪を浮かしながら慎重に、階段を下り出した。

 傍目にも緊張の一瞬である。おりから居合わせた大勢の観光客の目は彼の行動に釘付けになった。焦らず、ゆっくり車椅子をコントロールしながら、一段一段、彼は見事に最後まで下りきった。

 危険のリスクを冒しても、未知なる可能性に挑んで一歩を踏み出す冒険心。無論そこには、障害者と健常者の区別などない。

 障害者が本当に望んでいるのは、生活弱者として社会から受ける過剰ないたわりや、哀れみなどでは決してない。そんな思いを彼の後ろ姿に見た。


2002.7.23 掲載
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