文・写真 辰野勇

6.社長室は幼稚園バス

 幼稚園の園長先生が集まる会合で講演を頼まれた。
山の話やカヌーの話、冒険の話が終 わった後、一人の園長先生から「辰野さん、これから、一体どんな事をされたいとお考えですか?」と尋ねられた。正直、やりたい事 は山ほど有るけれど・・・、ふと幼稚園の教室の窓の外を見ると、そこに、園児送迎バス が一台停まっていた。私は、「そうですね、会社をリタイヤしたらあんなバスでも改造してキャンピングカーを造って、日本国中の友人を訪ねながら旅行して廻りたいですね。」 と答えた。

すると、その園長先生が、「うちに、使わなくなった送迎バスがあるので、よかったら、あげましょうか?」と言い出した。

 話はその場で即決。モンベルのテント一張りと交換という事で、マイクロバスを一台もらい受けてしまった。自宅にとどけられたバ スの可愛い園児の座席を取り外して、流し台とトイレを作り付けた。テーブルを外せば、ベッドに出来るように、座席も工夫した。バスの天井には、ソーラー発電パネルを取り付けて、電話、ファックス、コンピューターを搭載した。まさに移動”社長室”の出来上がりだ。これなら、リタイヤするまでも無く夢を即座に実行できそうだ。

 鹿児島を振り出しに北海道まで、女房と二人で、各地の友人や取引先のアウトドア・シ ョップをたずねて廻る日本一周の旅が始まった。風の吹くまま、気の向くままに車を走らせる。気に入った場所があれば車を停めてキャンプする。朝目覚めて、雄大な阿蘇の初冠雪を車窓に眺めながらコーヒーを飲む。電話の呼び出し音。受話器を取ると、モンベル・ アメリカの社長からだ。新しい市場の話をする傍らに、香港からファックスが入る。夢に見た理想の仕事環境だ。通信技術の発展が、その夢を実現させてくれたのだ。

 アウトドア・ショップは全国各地にあるのだが、あえて事前のアポイントはとらない。
 寄り道が出来なくなるからだ。それでも、我々の突然の訪問にもかかわらず、お店では、常連のお客を急遽集めて酒盛りが始まったりする。そんな時、私は、予め用意して来た映写機を使って、スライドショーなどして見せた。お礼にと、頂く品物も、桜島大根やサツマイモ、無農薬米など各地の特産品だ。それらを自炊しながら食事を作る。まるで僧侶の托鉢の旅だ。さすがに一年間出たままのぶっ 通しというわけにもいかず。九州、四国、東北、北海道・・・などと地域別に、一回に2週間程度、数回に分けて、一年程度かけて全国をまわり終えた。

 旅の帰り道すがら、バスを頂いた幼稚園の園長先生を訪ねた。彼は、うらやましそうに、「いいですね・・!」「先生も、おやりになったらいかがですか?」「出来ないですよ、」 「なんで?」「幼稚園は零細で、私がいないと経営がなりいかないんですよ。」「・・・・・・・」

 人は大抵、”出来ない”と言うのだ。”やらない”とは言わない。私は彼に「本当は、バスで呑気に出かけているよりも、毎日、園児の顔を眺めている方が、きっと落ち着くんでしょ?きっと、それで”そうしない”と言う事を選択をしているんでしょ?」と尋ねた。

 即ち、正確には”行けない”ではなくて、”行かない”なのだ。これをどう考えるかで、まるで人生の幸せ感が違ってくる。人はいつも、左に行くのか、右に行くのか、自分の意志で選んで進んでいるのだ。

2002.10.22 掲載
野遊びのススメ
1 決断 2 カヌーを漕ぐ 3 チベット少数民族モンパ族

4二月堂の冒険

5奈良の鹿

6 社長室は幼稚園バス
ヒマラヤの川を下る(自然に生きる村人たち) 8 除夜の鐘 9 アウトドア義援隊