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本日のお花:「梅雨にアジサイ」
花政
たおやかに咲くあじさいを見守るように、
夏ハゼの若枝を挿していただきました。
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和文化サラダも後半に入り、
ここに来て、色々な「点」だった行事が
「線」になってつながってきました。
日本にたくさんある伝統的な年中行事は、
季節の変わり目ごとに、心身のケガレを祓い、
邪気を追い払うために
行われているのだと思います。
新年を迎えるお正月にはしめ飾りを玄関に飾り、
冬と春を分ける節分にはマメをまく。
桃の節句には
子供の健やかな成長を祝ってひな人形を飾り、
夏には夏越の大祓の行事で心身を清める。
日本の伝統行事というのは、
季節の変化を繊細に感じとり、
一つ一つにけじめをつけていく、
とても几帳面な文化なのだなぁということが、
ほんの少しかもしれませんが、
ようやく身をもって感じられるようになってきた気がします。
しかし、四季折々の自然を愛で、
家族や知人の健やかな成長や無病息災を祈る。
そんな細やかな愛情によって
育まれてきたはずの現代日本が、
失いつつあるものも
たくさんあるのではないでしょうか。
今回、特にそのことを肌で感じたのが
夏越の大祓の行事の最中でした。
古式の装束を身につけた神職の方が、
かがり火の照り生える小川に人形を流していく。
その優雅な情景の中、
カメラのフラッシュが何度も光りました
(写真撮影は禁止されていないので問題はありません)
私も途中までは、何とかこの瞬間を撮影しようと
一生懸命だったのですが、
カメラに収めようとしてアングルや
光の加減ばかりを気にしていて、
本当に夏越の大祓の行事に参加したことになるのだろうか
という疑問がふとおこったのです。
このままだと、この行事の記憶が、
「人が多くてベストショットを撮るのに苦労した」
ということが中心になってしまう。
そう思ったとき、一旦撮影することを止めて 、
この場所の今しかない空気を、
ただ五感で感じるようにしてみたのです。
幸い、和文化サラダのスタッフは役割がわかれているので、
写真撮影は別のスタッフに任せる事が出来ます。
写真を撮らなければという考えを手放したとき、
あらためてこの半年間にあった出来事を振り返り、
人形に書いた人たちの無病息災を祈る気持ちが
しみじみとわきあがって来ました。
百人一首で「みそぎぞ夏のしるしなりける」と歌われた時代は、
もちろんカメラも携帯電話もありませんから、
人々はきっと誰かにメールすることや、
どんな写真を撮ろうかなんて事を考えることなく、
目の前の季節の風景を、じっくりと味わうことが出来ていたのだと思います。
便利さを追い求めすぎて、本当のことがわからない時代になってきているという、
佐野藤右衛門さん(4月の和文化サラダの講師)の言葉も思い出しました。
日本にあるたくさんの伝統文化や年中行事にある「こころ」とは、
自身を振り返り、自分以外のものに感謝や、敬意を示すという、
実はとてもシンプルなものなのかもしれない。
と私は思っています。
現代社会において、日々の生活を全てをそういった姿勢で送ることはなかなか難しいのですが、
一年を通じて開催される「こころ塾」で学んだこと、感じたことを、
出来るだけ多くの人と共有できたらいいなぁ。
上賀茂神社に満ちていた静謐な空気に清められたからなのか、
改めてそんな初心を思い出した一日でした。