おはようございます。今、ご紹介いただいた辰野です。
みんな、モンベルなんて聞いたことないよね。テントとか、リュックサックとか、山登りなどのそういうものを作る会社です。大阪にあります。
僕はそこの会社をやっています。
今日は少し関西なまりの講演になります。こっちの言葉とちょっと違うよね。
わからなかったら「今のわからなかった、教えて」と言って下さい。
君達は、13、14、15歳…そのくらいだよね?
昔は14歳が元服だった。もうそういう意味では君達はもう大人です。
今は成人式というと20歳だけど、僕はそうは思わない。
14歳は立派な大人です。
将来を考えるとき。
ついこの間、岡山の中学校で話をしてきました。それは「立志式」と言って「志を立てる」という式でした。
つくづく思うんだけど、14歳というのは、皆さんがこれからどういうふうにしたいか、と考える時期じゃないかと思います。
本当に大人だと思います。
今朝、庄内空港に着いて、ここまで車に乗っけてもらって来たんですけど、今日は天気が良いしね、山がすごくきれいに見えました。鳥海山。
2300mちょっとかな。君達は素晴らしいところに住んでいる。本当にうらやましいです。
僕は大阪の堺市に生まれて、8年前までそこに住んでいました。
今は奈良に住んでいます。
堺市は自然なんて全然なくて、でも南の方へ行くと「金剛山」という山があります。
金剛山って知ってるかな。1812m、鳥海山の半分くらいの高さ。その山が近くにありました。
小学校の高学年になったらみんなその山に登りに行く。
この辺でもそうなんじゃないのかな?みんな鳥海山に登るんじゃないの?
僕も小学校6年生の時に金剛山に登ることになったんだけど、僕は体が弱かったんだね。もやしっ子でした。だから弱虫で連れて行ってもらえなかった。くやしかったね。すごくくやしかった。
でも山が大好きだったからね。
中学校のときに近くにある里山や丘で、少しずつ山歩きをするようになった。そして高校くらいで人並みに山歩きができるようになりました。
その頃、国語の教科書に「白い蜘蛛」という文章が載っていました。
ハインリッヒ・ハラーが書いたものです。
ヨーロッパには三大北壁というのがあって、そのひとつ、スイスにある「アイガー北壁」に最初に登った人の登攀(とはん)記、冒険記です。
北壁の下から見たら2/3のところに白い蜘蛛が手足を広げたように見えるところがあって、それが本のタイトルになっているんです。
そこは雪崩が多くて、遭難する人が多かった。ハラハラドキドキする文章を書いてある。
カッコいいなぁ!登ってみたいなぁ!って思ったわけ。
標高は3700m、富士山と同じくらいの高さ。そこに垂直の崖がある。1800mの崖。そう、鳥海山をナイフで縦に切ったような感じ。
日本人は誰も登っていなかった。だから「よし!日本人で初めて登ってやろう!」って思った。
それからもうひとつ夢を持ちました。自分は、山に関係した商売を自分で始めたい、と思ったんです。
16歳の時に、この「二つの夢」を持ったわけ。
その時から、最初にやったこと、なんだと思う?貯金箱を作ったんです。夢だけでは叶えられないからね。ヨーロッパへ行く費用もいるから、おこづかいを貯めた。
それからトレーニングも始めた。
そうこうしているうちに素晴らしいパートナーとも出会って、彼と二人でトレーニングを始めた。日本アルプスに登って、凍傷になって指を落とす寸前までいったりね。
最初は10年後にと思ったけど、とんとん拍子に話が進んで5年後、21歳の時、2週間かけて命がけの旅に出ました。
今はヨーロッパに行くのも簡単だけど、当時は大変だった。
横浜から船に乗ってナホトカ、そこからシベリア鉄道で10日くらいかけてモスクワに入って、そこからヨーロッパに入りました。もう帰って来られないんじゃないかという決心ででかけました。
そして北壁まで行って見上げたら、とんでもなくでかい!
でもね、ちゃんとルートを研究している。ソラで暗記しているくらいに研究していたからね。
登っていって、やがてその「白い蜘蛛」のところに差し掛かった。
本でも雪崩に遭うんだけど、やはり僕達も雪崩に遭いました。相棒とロープで二人をつないでいるんだけど、そのロープが切断される寸前だったり。そういう体験をしました。
それに北壁だから日が当たらない。その間は氷や雪も固まってるんだけど、ときどき日がぽっと当たった瞬間、それが解けて流れて袖口から入って身体をつたってくるんだよね、それがすんごく冷たい。そんな厳しい登山でした。
それで二人で、頂上まで登れたら、地中海かフランスかどっか、暖かいところで美味しいものを食べよう、って言い合ってたね。
そしてようやく頂上に着きました。
僕らが着いたのは、ハインリッヒ・ハラーが登ってから60パーティー目。そのうち60人の人が亡くなっている。登るか死ぬか、1/2。
頂上は本当に小さくて、このテーブルくらい。笑い話みたいだけど勢いあまって向こう側に落ちてしまった人もいる。それくらい頂上が小さい。二人で肩を寄せ合って立ちました。
その南側にアレッジ氷河というのがある。ずーっと南側に連なっている。凄まじい情景でした。そのむこうに雲海があって、山が見える。
そのうちのひとつ、マッターホルンという山があるんですが、それが見えていました。それも三大北壁のひとつ。それを見たとたん、「次はあれだ」って言い合ったんです。
あれほど、地中海で美味しいものを食べようと言っていたのに。
結果としてそれも登りました。
当時としては最年少21歳、最短時間21時間という記録を作りました。
もうひとつの夢、会社を興す話。
16歳の時、28歳になったら山に関係する商売を始めようと思ったこと。なんで28才なのかな。28歳ってみんなにとって大人だよね。それくらいになったらできるかな、と思った。
僕が行っていた高校は普通校。お父さんもお母さんも僕が大学へ行くと思っていた。僕も思っていた。
でも、「白い蜘蛛」に出会って、28歳で会社を興すことを考えてたら、4年間大学で勉強する意味がわからなくなった。
それなら実社会で勉強しようと思いました。
そこで、お父さん、お母さんに「これから長野県の信州大学の入学試験を受けてくる」と言ってウソついて、リュックサック担いで、アルプスの穂高という山に登って帰ってきました。
そして「お父さん、ごめん。試験上手くいかなかった」ってウソついた。
みんな、ウソついたらダメだよ。でも、志のあるウソならいいかな?
1冊の本に出会って、28歳で会社を始めるなら実社会で勉強しよう、と思った。
だから大学にも行かなかった。勉強もできなかったんだけどね。
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