色の語源

「色」をたどることは、その国の生活文化をたどることと同じだといわれます。
「色」は、色彩そのものとして現象するのではなく、かならず事物をともなって あらわれます。だから、色の名称も、風景や事物に託されることが多く、色の意味を追求すれば、それを表現する生活や風習が、そこにあらわれてきます。日本の「色」をたずねることは、日本人の生活や価値観や美意識をさぐる重要なてがかりといえるでしょう。

日本語の「色」は、もともと色彩の意味がなかったと言われています。

万葉集にもあるように「いろせ」とか「いろね」のように、兄や姉の敬称のように使われたり、「いろも」のように恋するものの呼び名として使われていました。だから、ひとを敬する、ひとを恋する言葉として使われていました。

それがだんだんと男女の交遊を意味したり、相手の女性の美しさをたたえる言葉となり、さらに美しいものの一般的名称として拡大され、その美しさが色鮮やかさにつながって、色彩そのものを指すようになっていったと言われています。
「色恋ざた」のように、どうして「色」と「恋」がくっつくのか納得するところですし、王朝の「色好み」というのも、そうした男女の関係に情をつくすことを指していました。

一方、漢字の「色」は「人のうしろにまた人がおり、抱く形で相交わること」を示しているといわれ、上の「ク」は人で、下の「巴」は人がひざまずく姿だと解釈されるようです。まさに男女の情交を意味しています。
中国では、古くは色彩のことを「采」(さい)といったようです。「采」は木の実を採取することで、それが「彩」に通じて、色や文様を意味するようになったともいわれています。