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【襲(かさね)】
王朝貴族たちは、十二単のように、何枚もの衣裳を重ね合わせた「襲の色目」によって装束を着ていました。その一枚一枚の衣裳の表と裏の色相に、自然の風景を映そうとして、袖口や裾のわずかな折り返しを縁のように縫いつけた表裏の布の「ふきかえし」の対比や光の透過がかもし出す微妙な色合いを楽しんだのです。
当時の正装とされる襲の衣裳は、一番上が唐衣(からぎぬ)と裳(もすそ)、その下に表着(うわぎ)、打衣(うちぎぬ)、そして重袿(かさねうちぎ)を五衣(いつぎぬ)。多いときは八衣(やつぎぬ)にして羽織り、最後に裏を付けない単(ひとえ)と袴(はかま)となります。
日常の場合は、下には袴に単を着けて、重袿を五枚重ねたものが基本となっていました。やや改まった場合は、その上に小袿(こうちぎ)という裄と丈が短い袷仕立てのものを着ます。 |
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小袿姿
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女房の正装
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襲の色目とは、こうした上から下までの衣裳の色の組み合わせをいいます。重ねて着るときには、上に着る衣裳の仕立ては少しずつ小さくし、袖、衿、裾のところでわずかずつ重なるようにしたのです。
唐衣、小袿など上の方に着る衣裳では、その裏と表で色目を表現し、下に着て五つ以上を重ねるものは、全体の色を暈絢(うんげん)のようにして濃淡をあらわします。
襲の色目を見せる時に、袖口や裾のところで裏地をわざと表に折り返して目立つようにして表裏の色を見せる場合があります。また、羅・紗・絽などの薄絹を使って、光を透過させて裏の色を見せる場合もあります。
こうした襲の色目に、「卯の花」「蓬」など季節それぞれの草木の彩りを名付けて楽しんでいました。色彩を名付けるにも、歌を詠み、物語を綴るのと同じく、季節を尊び愛でる教養が備わっていなければなりません。一年を四季に、次に立春、春分、夏至、秋分という二十四節気に、そして四、五日の周期に分ける七十二候に分け、自然の微妙な移り変わりに眼をこらして、その感性を衣裳にうつしていきました。毎月のように繰り広げられる宮中における節句や儀式の場において、また私邸において催される宴において、王朝貴族たちは、華麗な色の競宴をしていたのです。
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