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古代中国の五行思想の中の五色「青、赤、黄、白、黒」という正色には紫が入っていません。が、「紫の朱を奪うを悪む」(「論語」)という言葉があるように、古代より、紫は好まれていました。漢の武帝は、ことさら紫を好み、天帝の色として、他の者の使用を禁ずる「禁色」としました。そして、みずからの住まいを紫宸、紫極とあらわし、以来、中国では紫が最高位の色となっていきました。
一方、西洋でも、紫は好まれていました。 今から3600年前、地中海沿岸の東側に、フェニキアという国が誕生しました。海岸沿いにそびえる山脈のレバノン杉を利用して船を造り、地中海を縦横に航海する海洋国家でした。
その海に生きるフェニキア人が、貝を紫色で染めていたのです。アクキガイ科の貝の内蔵から黄色い液を取り出し布に浸け、太陽にあてると、
やがて布は紫色に変化します。この不思議な染色法は、貝紫染と呼ばれています。ひとつの貝からわずかしか
の量が取れないことや紫色が妖艶な色合いを見せることから、たいへん珍重されました。そして、地中海のギリシャ・ローマ帝国の帝王に愛さ
れ、、彼らの衣服の象徴的な色となっていきました。それが帝王紫(ロイヤル・パープル)といわれるものです。こうして紫は、洋の東西を問わず、高貴な色として、なっていったのです。
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